名和 私が申し上げている「パーパス」は、存在意義という堅い言葉よりも「志」を意味しています。「志」は士の心。武士道の士。これは櫻田グループCEOが『Bushido Capitalism』という本で書かれたように、日本人の精神そのものであり、道を究める人たちの心が「志」だとすると、そのような内側の強い想いがパーパスだと思っています。よく言われている「ミッション」という言葉は、どちらかというと大義であり、「すべき」という義務感が先行するものですが、パーパスあるいは「志」は、「何とかしたい」という、内側から込み上がってくるものです。外発なのか内発なのかによって大きく違うと思います。企業としてしっかりと志を中心に持つためには、その志が「ワクワク」するか、「ならでは」か、「できる」と顧客も社員も思えるか、という3つの共感要件が必要です。これが、私がパーパスについて提唱していることです。
下川 SOMPOのパーパスは、私たちの志です。その志をもとに私たちSOMPOがパーパス実現に向けて前進し、100年先も価値を出し続けていて、その姿がステークホルダーに共感を得られている状態、それが私たちにとってのサステナブルな成長の目指す姿であると考え、その実現に向けた取組みを「価値創造サイクル」という形で表しています。私たちの「ならでは」は、人であり、保険とともに介護とデジタルを事業として有していることだと思います。この価値創造サイクルは、SOMPOのパーパスとMYパーパスを中心に置き、自らのMYパーパスに突き動かされた社員が自分らしく、SOMPOのパーパス実現に向けてチャレンジを繰り返し、当社の成長を支える原動力となる(左)。そして、その原動力に保険や介護といった既存事業での商品・サービスのレベルアップやその先のソリューションの創出を行う(右下)。さらに、多様で強い既存事業を持っているからこそ生まれるシナジーや共創により新たな価値の創出につなげていく(右上)。この3つを循環させて価値を生み出し続けることがSOMPOらしい価値創造のサイクルであり、それらを一つ一つ実現し、皆さまに示していくことが我々のパーパス経営だと思っています。
「ワクワク」のお話がありましたが、(SDGsの)18番目にあたるのが「安心・安全・健康のテーマパーク」だと思っています。テーマパークは安心・安全・健康を見たり触れたりできる存在に変える場所です。さらに、保険は「万が一」、何かあったときに対応しマイナスをゼロにする価値が主になりますが、プラスの価値、ハピネスを多く創り出していく場所でもありたいというのがテーマパークの意味するところでもあり、これから深めていかなければならない点だと考えています。そして、MYパーパスが私たちの「ならでは」であり、「ワクワク」の原点、まさに内発的なところだと思っています。
原 当社の特徴は、MYパーパスの追求を土台に自律的な集団になろうということであり、人材戦略や経営戦略の土台にしている点です。SOMPOのパーパスという型はありますが、そこに社員を強引に当てはめるアプローチは取っていません。起点はあくまでもMYパーパスであって、それらをSOMPOのパーパスと重ね合わせて何千何万と積み重ねていくことで、SOMPOのパーパスの実現を目指しています。
最近、名和先生のご著書である『シュンペーター』を拝読し、このやり方が正しいと自信を持ちました。著書のなかで、吉田松陰が門下生に語りかけた「あなたの志は何ですか」という言葉が印象深く残っています。外部環境にとらわれず、自分たちの内発的な想いこそがイノベーションの起点であり、アントレプレナーは観察の人から行動の人にならなければならない、その源泉が志、パーパスである。このことに大変感銘を受けました。
名和 会社のパーパスは北極星であり、抽象的なものです。一人ひとりが自分事化して、MYパーパスとして自律的にやっていくというのは正しい方向だと思います。ただ、会社と個人の間には、それぞれの所属する部門・組織がありますので、いったんそこのパーパスに集約しないと、自分のやっていることが安心・安全・健康のテーマパークのどこに位置するのか、腹落ちしにくいはずです。
パーパスは、大きく言うと、企業全体のパーパス、一つの集合体(部門・組織)のパーパス、MYパーパスの3段階があります。まずは、企業全体のパーパスが部門の中で共有され、それが全体を1つに束ねる力となります。そして、一人ひとりの想いが部門・組織に集約され、SOMPOというもう1つ大きなくくりになっていくのだろうと思います。組織のパーパスをどのように誘導していくか、どうくくっていくかが重要なことだと思います。組織・部門単位のパーパスをどう作るかは、ホールディングスではなかなか難しいと思いますが、何か工夫していることはありますか。
下川 SOMPOのパーパスはすぐには実現できない中長期のものであり、7.4万人分のMYパーパスとの間には確かに距離がありますが、グループのパーパスのもとに各事業それぞれの想いやパーパスがあり、それが各部門・組織のミッションへとしっかりとつながっていると思っています。ただ、現実の世界では、それぞれの現場で「パーパスはともかく、今月の売上は」というように、別の話として、目の前の数字に集中しがちなのも事実です。だからこそ、中間層である職場の長の役割が重要であり、現場のリーダーが、いかに会社・組織とMYパーパスをつなげ、組織の力として束ねていけるのかが鍵となります。そのために、櫻田グループCEOとのタウンホールミーティングを通じ、7.4万人がMYパーパスをもつところから一歩進めて、MYパーパスにもとづく個人の力を組織の力としてどう束ねていくのかの議論をグループ全体で行っています。
原 今年4月、損保ジャパンの白川社長が全社員向けメッセージで、「私のMYパーパスは」と語りました。会社がMYパーパスを基軸とする経営と売上や成績をどう融合するかはこれからの課題ですが、MYパーパスはお遊びではなくて、経営戦略の真ん中にあることを社長自ら発信したことは非常に大きなことだと思っています。
名和 価値創造サイクルの中に、インクルージョン&ダイバーシティ(以下「I&D」)という言葉があります。一人ひとりが輝いて自分の想いを持つということはダイバーシティに近い考えだと思います。その前提としてインクルージョンがないと、みんなの想いがバラバラな方向を向いてしまい、組織としてのパワーにならないので、パーパスでしっかりと牽引することが非常に大切です。それぞれの組織のパーパスがグループ全体のパーパスである安心・安全・健康のテーマパークとインクルージョンされると、とても力が出る組織に変わっていくと思います。
もう1つ難しいのが、掛け算の価値にすることです。そのためには、個人や組織のパーパスを、もう1回束ね直し、また分解する。この因数分解と統合を行ったり来たりする組織運動が必要であり、難しいところです。まるで微分と積分の関係のようですが、単に積分するとやらされ感になりますし、単に微分するとみんな思い思いにやってしまいます。当社グループのようなコングロマリットでは余計に難しいですが、うまくいくとすごく価値が出る要素になると思います。
下川 MYパーパスを持つということは、社員のダイバーシティの再認識であり、いわば個を目覚めさせていくプロセスです。しかし自分探しの旅に出て帰ってこないといった状況にならないよう、ダイバーシティをワークさせるためにインクルージョンが必要です。
グループ全体でいうと、大きな4つの事業が遠心力を活かし走ってきたところを、いかにホールディングスとして求心力をもってまとめていくか、グループとしてシナジーをあげていくかに取り組んでいます。保険から介護、介護から保険という双方の波及効果や、日本と海外の損保のベストプラクティスの追求などがあります。ダイバーシティとインクルージョンを両方進めてパワーにしていくための取組みが、組織のさまざまなレベルで繰り返し行われているといえます。
原 現在、損害保険をグループ目線、グループ全体のポートフォリオで見て、より効率的にすることに取り組んでいます。目線を1つ上げ、鳥瞰することで、事業オーナー制で遠心力が効いていたところに対し、インクルーシブになれるさまざまな芽を見つけ、それをリードしていく、これがホールディングスの重要な役割であると思っています。
名和 シュンペーターの「イノベーションは新結合」という言葉がありますが、私はあえて「異結合」と言っています。これがまさにI&Dだと思います。異なったもの、尖ったものがないと価値を生まないため、まずは異であること、それぞれが目覚めていることが重要です。しかし異なるだけでは新しい結合は起こらないので、それぞれが尖ったものを持ちながら結合することがイノベーションであり、まさにI&Dはイノベーションの原動力だと思います。一人ひとりが目覚める一方でONEチームになる、というこの運動がイノベーションを起こすためにとても重要です。そういう意味でもMYパーパスで目覚めさせた後、ONEチームになっていく、この繰り返しが、イノベーションの鍵だと感じています。
下川 イノベーションやチャレンジを恒常的に生みだす文化を創っていくことが、MYパーパスの取組みの目的の一つです。MYパーパスを起点とすることで、チャレンジやイノベーションが生まれ、それが組織としての力、会社のいわばステージを上げることにつながっていきます。そのためには外形的な話ではなく、成長戦略実現のためのI&Dが必要なのです。
名和 価値創造サイクルが本当に新しい価値を生むために、そのあたりが改善されてみなさんの運動につながっていけばよいと思います。SOMPOの価値の源泉は人であり、モチベーションが上がるあるいはMYパーパスに火が付くことで、どのように生産性や創造性が高まるのかがしっかり見えてくると、MYパーパスがアウトプットにつながるというリンケージや因果関係が見えてくると思います。
下川 人的資本が財務価値そして企業価値へつながるインパクトパスがそれにあたると考えています。MYパーパスと働き方改革という、私たち「ならでは」のアクションが個人や組織の力になり、人財力が上がる。それが既存ビジネスの付加価値、たとえば商品・サービスの質や、保険金支払いなどのお客さま接点における満足度の向上につながり、財務価値の向上につながる。それだけでなく、ステークホルダーの皆さまから今後SOMPOを選んでいただく理由、SOMPOへの将来期待、すなわち「SOMPOっていいな」「違うなSOMPOは」「SOMPOならやってくれる」と思っていただけるようないわばブランド価値にもつながっていくはずです。ただ、これは現時点で我々の考えるパスを示しただけなので、今後は実際にそうなっていることを見える化だけでなく定量化して証明していくことが必要です。
部分的にはなりますが、今のところMYパーパス1on1を実施している組織と従業員エンゲージメントは明らかな正の相関があることがわかっています。チャレンジ・イノベーションはこれからどう測るべきか検討しなければいけない部分ですが、その先に関しては、例えばエンゲージメントとお客さま評価や組織目標の達成力にも相関があることがわかってきているので、これらをいわば我々のエビデンスとして積み重ねていきたいと思っています。
原 数字以外の事例としては2つほどあります。1つはSOMPOが人的資本経営について力を入れていることが世の中に伝わりだしているという点です。これが価値につながるとまでは信じていただけていませんが、一生懸命やっていることは伝わっていて、メディアに取り上げられる機会も増えています。投資家からもIRミーティングや株主総会でMYパーパスに関する質問がありました。資本市場の方々からMYパーパスについて質問されるのは、今までには全くなかったことです。
もう1つは採用力です。特にキャリア採用、つまり新卒でない方たちに対する採用力は確実に上がっていることを実感しています。どう数値で表すのか、どう測るかについては考えているところですが、入ってくる方々の質が上がっていることを実感しています。
名和 インパクトパスの部分・部分をしっかり計測し、アウトプットにどう結びつくかを測るという話ですね。難しいですがそのあたりが見えてくると、先進的な絵姿になります。部分・部分を測れるKPIはできつつあるとのことなので、インパクトパスとして全体がつながっていくことを、試行錯誤しながら証明していくと、確実に期待値は上がっていくと思います。エンゲージメントもブランド価値の数値も上がってきています。それがある種、1つの状況証拠になります。しかし、残念ながらPBRは1を切っている状態*で、本当のポテンシャルが将来価値につながるという期待になっていません。今後、どういう形で市場の期待へとつなげていくのか、本当に楽しみです。
*修正PBR(株価を1株当たり修正連結純資産で除した指標)
名和 ジョブ型についても、SOMPOは、一人ひとりがそれぞれの時々に合った仕事を選びつつ、個人の積分としてキャリアを積んでいくと明確に言っています。自分をしっかりと作っていく組織なのだと思われると、人を惹きつけ、成長させる力になるのですごく良いと思います。これは世の中のジョブ型とは違うと見ています。
原 終身雇用を前提に、会社主導の配置転換を繰り返す典型的な日本型雇用をメンバーシップ型と呼ぶならば、我々のジョブ型は「キャリア自律型」だと考えています。やろうとしていることは、SOMPOのパーパスに賛同して、これを実現するために、SOMPOで働きたいという人を惹きつけるようなパーパスであり、人事制度であるということです。そして、「今度はこの仕事がやりたい!」と自ら手をあげて、ポストを勝ち取る、こういった仕組みをどんどん入れていきたいと思っています。
名和 すごいなと感動したのは「SOMPO伝」のシリーズです。一人ひとりが輝いているのが個人名でわかるし、その人たちが自分の自立したキャリアをしっかりと作っているのが等身大で伝わってきました。
下川 SOMPO伝は、パーパス浸透のいくつかある取組みの中の1つです。パーパス浸透に向けては、タウンホールミーティングでのトップ発信、現場で展開しているMYパーパス1on1研修やワークショップなどの実践に向けた取組み、これらの効果を測るためのエンゲージメント、そしてPRを連動させて展開しています。SOMPO伝では、それぞれがMYパーパスやヒストリーを語っており、社員が主役です。新聞掲載は5人だけでしたが、ホームページではホールディングスだけでなく、さまざまな事業会社の社員が合計100名登場しています。
名和 あれは自分事化しているイメージがつかめる伝播力があり、感心しました。
名和 もう1点、プリンシプル、つまり行動原理・原則が大事になると思っています。パーパスは北極星で高いところにあるものですが、日々の行動におけるプリンシプルが問われていると感じています。志の中に規律が存在するということに近いですが、SOMPOの原理原則について、どうお考えでしょうか。
原 少し概念が違うかもしれませんが、SOMPOでは3つのコア・バリューを持っています。一つ目は「ミッション・ドリブン」、二つ目が「プロフェッショナリズム」、三つ目が「ダイバーシティ&インクルージョン」。この3つを大切にする集団を実現したいと考えています。メンバーシップ型社員のように、年功序列、上意下達で決められたことをしっかりやることが尊ばれてきた中で、そのアンチテーゼとしてミッションを中心に考えて行動する、ミッション・ドリブン。ジェネラルに何でも会社から言われたことを8割方できる人ではなく、自分のパーパスにもとづいて自分の持ち場で会社のパーパス実現のために頑張るというプロフェッショナリズム。最後がダイバーシティ&インクルージョン。この3つを持つ人材集団になろうと言っています。
名和 「SOMPO伝」を見ていると、自分らしいコア・バリューをしっかりと守ることで、いきなりパーパスには届かないが、自信をもって、自分のやったことに納得し、これが積み重なってパーパスが実現する、そういったパーパス到達への道が見えてくる気がします。
もう1つ、M&Aやインオーガニックな成長についてです。SOMPOに力、つまり求心力がないと、外への展開はできません。だから、まずはSOMPOの中で型を作ることが必要です。その型ができたら、コアな部分を他社に移植し、巻き込み、皆さんの力を刷り込むことによって価値創造を行うということです。例えば介護でも損保でも、我々らしいリスク可視化やQOL(生活の質)向上のアルゴリズムがあれば、他社が持っている商圏や力を我々の価値創造につなげられると思います。この方が、ゼロから始めるよりわかりやすいと思います。
下川 リアルデータプラットフォーム(RDP)で構想していることが、まさに型を作り、それを広げて巻き込んでいく取組みにあたると考えます。介護事業としてオペレーションをしながら、そのノウハウを活かしたソリューションをプラットフォーマーとして展開する、必要な共創できるパートナーを見つけアライアンスを組むといった、今までと違った形でのビジネスモデルを考えています。そのためには、パーパス実現に向けてM&Aでハードな事業を買ってくるというだけでなく、いわばソフトウェアビジネスをつくり広げていくためのM&Aも必要と考えています。プラットフォーマーとしてシェアを上げていくにあたり必要なものは何か、不足するものに対してはM&Aや誰かと手を組むことで、ビジネス全体のスケール、ステージを上げていくという議論もしています。
名和 M&Aやアライアンスの巧者は、外を共感させ、変えていく力があると思います。SOMPOはいろんな業態を持っており、その中でパーパスをしっかり根づかせている。これまで買収した会社に対してもしっかりとパーパスが根づいていることがわかると、それが本当にSOMPOグループのソフトパワーになると思います。人を変えていく、まさに人材をSOMPOに染め上げ、価値を上げる力があると、ビジネス上のシナジー以上にパワフルだと思います。ジョブ型でもメンバーシップ型でもない、ある種ハイブリット型ですが、しっかりと人が育つ組織であることがブランドになるとグローバルに通じるのではないでしょうか。グローバルのジョブ型と日本のメンバーシップ型のいいところ取りをして、外の人を惹きつけられればよいと思います。買収した会社やパートナーに、パーパス、コア・バリューをしっかり理解してもらうところが企業の強さだと思います。
原 時間はかかるかもしれませんが、これを進めてそのようなブランドを作りたいと思います。
名和 期待しています。日本にもこういう企業があると言えるようになるとよいと思います。
非常に感心しているのは、ここ数年のデルタ、変化量です。これだけ大きな会社であるのに、皆さんが舵取りを始めたこの数年間は素晴らしい。今後期待と同時にぜひお願いしたいことは、これを続けるとともに、加速させてほしいということです。ここから安定するのか、加速するのかのクロスロードだと思っています。
So Far So Goodだと思いますが、安心することなく、もっと頑張って、もっと加速させていただきたいと思います。