(2022年8月発行)

ガバナンス

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取締役・経営メンバーダイアログ

SOMPOの“生きたガバナンス”

SOMPOグループは、さまざまな次元で急速に変化しています。既存事業の変革、新たな事業基盤の構築、海外における新市場・新事業の拡大。これらの実現のためには、企業グループ全体として、また、さまざまな市場やコミュニティの一員としても、効果的な経営戦略、リスクテイク、投資などが必要不可欠です。そのためには、明確な全体ビジョンを持ち、経営陣による適切な意思決定・経営判断に必要な権限と情報をグループ全体で知識とベストプラクティスとして共有し、将来成長に資する相乗効果を発揮できる組織が求められます。これを可能にする重要な要素の1つが、優れたガバナンス、つまり透明性、説明責任、客観性を確保する能力です。SOMPOグループ各社の経営と変革に不可欠な要素としてのガバナンスは、常に議論され進化し続けています。今回のダイアログは、ステークホルダーの皆さまに、SOMPOグループが目指すガバナンスとは何か、また、どのようにガバナンスの強化に努めているかを、経営陣の生の声を通じてお届けするために開催しました。

ダイアログのコーディネーターは、指名委員会委員長、立教大学経営学部教授であるスコット・トレバー・デイヴィス取締役が務めました。

トランスフォーメーションというミッションと戦略をドライブする「WHY」

デイヴィス 現在、多くの企業では、外部環境の変化によって経営課題が浮き彫りになり、結果としてビジネスモデルの変革を迫られています。一方、SOMPOでは長期のスパンで「安心・安全・健康のテーマパーク」という明確なパーパス(存在意義)を定め、この実現に向けて進めている変革=トランスフォーメーションを、「質的進化」という概念でとらえています。また、環境変化に伴って顕在化する新たな課題に対しては、常に「WHY」から議論を始め、直近の数年で戦略的かつ筋の通ったトランスフォーメーションを実践しています。私の研究では、真の質的進化には、会社全体に共有される使命感、つまり、「WHY」の共通理解が必要不可欠であることがわかっていますが、このような質的進化を加速させてきた原動力は何なのかを、まず櫻田さんにうかがいます。

櫻田 理由は簡単で、サステナビリティです。経営の持続可能性を高めるには、トランスフォーメーションが不可欠なのだという認識と、危機感のようなものが原動力になっていると思っています。今から100年後にも、SOMPOグループはステークホルダーから見て「なくてはならない」存在でありたいという想いが、その出発点でした。そこで「WHY」を起点に、私たちの本質的な存在意義について議論を始めたのです。

当社グループの祖業である損害保険は、100年後も価値あるものとして社会に存在しているとは言い切れませんし、消滅している可能性すらあります。経営のサステナビリティを担保するためには、事故や災害といった、お客さまにとってネガティブな局面にのみ必要とされる「損害保険の会社」ではなく、「日々の暮らしに寄り添っていてくれている」「何かあったら相談しよう」と頼りにされる会社になる必要があります。議論を続ける中で、これが経営陣の共通認識になりました。お客さまの根源的な欲求はハピネス、つまり「安心」「安全」「健康」な人生を送ることだと思いますので、「今の幸せな状態を維持する手助けをしてほしい」、あるいは「将来、人生の最期の時でも、あの会社なら安心だよね」と言われる存在になるために、損害保険のケイパビリティだけでなく、事業全般の質的な進化を加速させることは、いわば必然でした。

写真:スコット・トレバー・デイヴィス
社外取締役
スコット・トレバー・デイヴィス

デイヴィス SOMPOのパーパス、SOMPOだから社会に提供できる価値、そしてトランスフォーメーションの方向性に関する議論を、緊張感を維持しながら継続できている理由は何ですか。

櫻田 一つは「安心・安全・健康のテーマパーク」がまだ実現していないことです。私たちが目指しているテーマパークと現在のSOMPOグループとの間には、まだかなりの乖離があります。もし、すでに「なくてはならない」存在になっていたとすれば、ステークホルダーからの評価はもっと大きなものになっているはずです。残念ながら、世の中の99%の人々にとって、今の当社グループは「損害保険会社」のイメージのままです。職員のマインドも、おそらく大半が「保険会社」です。これまで保険が果たしてきた「マイナスをゼロにする」を進化させた、「ゼロをプラスに変える」存在にはまだなっていないのですよ。しかも、大手といってもあくまで国内の損害保険市場における大手であり、グローバルで見れば小さなマーケットに過ぎません。つまり世界の人々にとっての「なくてはならない」存在にはなっていないのです。

こうした現状を打開する糸口の1つは、介護です。「安心・安全・健康」という抽象的な概念を、具体性のある介護・シニア事業として展開し、デジタル技術で差別化する取組みは、成長とサステナビリティ、そしてパーパスを実現していくためにも極めて重要です。お客さまが介護サービス・施設を選定する局面では、保険の契約とは異なり、事業を展開する「会社」を強く意識されています。お客さまご自身で口コミなどの評価を調べ、実際に施設へ足を運んでさまざまな質問をされます。その結果、「この会社が運営する施設なら、終の棲家としてふさわしい」と判断されるわけです。

介護業界における大手にはなったものの、ステークホルダーの評価は二分されます。1つは、「黒字は計上しているものの、市場としてはレッドオーシャンであり、将来の収益性が不透明だ」というもの。もう1つは、「国難とも言われる介護市場によくぞ踏み込んだ」というポジティブな評価です。事業を通じて社会課題を解決する私たちの企業姿勢がリスペクトされる場面も増えていますが、事業の将来価値や会社への期待感が株価に反映されているとは言いがたい状況です。これらの評価をふまえつつ、当社グループの事業継続性を高めていくには、「未実現財務価値」という概念を通じて将来の成長をConvincible(納得させられる)でlikely(ありえる)なものに変えていかねばならない点が課題です。

この課題に向き合う過程で、介護現場から得られる大量のデータを人の幸せにつなげる「リアルデータ・プラットフォーマー」になるという目標を定めました。そして、目指す姿を早期に具現化するために、世界最高レベルのビッグデータ解析能力を誇るパランティアと、ディープラーニングをはじめとするAIのソリューションに秀でたABEJAとの業務提携に至ったわけです。当社グループが培ってきた施設運営のノウハウと、デジタル技術を融合したサービス提供基盤を、介護事業の新しいリアルデータプラットフォーム(RDP)として、まずは日本国内の介護事業者へ提供する戦略を実行に移します。少なくとも10兆円という市場規模があり、他に類を見ないサービス提供基盤を隣接業界にも広げていくことで、他社との競争ではなく、社会の持続可能性向上に貢献できるエコシステムを構築したいと考えています。私が手ごたえを感じているのは、保険事業だけの時代とは全く異なる優れたビジネスパートナーとの連携が広がっていることです。彼らと力を合わせてエコシステムを構築することによって、RDPの開発・運営は第二ステージに入ったと認識しています。

緊張感のあるガバナンス

デイヴィス 当社グループが、ステークホルダーに対してどのような約束をするのかを決定するプロセスや、約束を果たすために、個々のステークホルダーと対話を重ねながら、客観性や透明性が保たれた質の高い経営が実践できている背景には、SOMPOらしい緊張感のある「生きたガバナンス」があると、私は見ています。このようなガバナンス体制が実現できた要因は何ですか。

櫻田 最大の要因は、2019年に指名委員会等設置会社へ移行したことです。それ以前にも任意の指名・報酬委員会がありましたが、今は指名委員会も報酬委員会も完全に社外取締役のみで構成され、私はいずれの構成員でもありません。現在の体制は私にとって厳しくもあり、かつ、良い意味での緊張感があるものです。経営についての本質的な質問をいただく局面では、明確な説明ができない状態にはならないように、常に準備をしています。特に「WHY」と「WHAT」について論理的に説明できるよう、事前に自分を追い込む訓練をする習慣が定着したのは、社外取締役によって占められた委員会のおかげです。仲良しクラブでもなければ敵対関係でもない、経営課題について一緒に悩んでくれて、知恵を出してくれる人たちですよ。このような良い緊張関係を築き、維持していくことは、とても大切だと考えています。

ガバナンスによって、「サイロのない組織」を実現する

デイヴィス 当社は、事業オーナー制とグループ・チーフオフィサー(CxO)制を採用しているわけですが、このようなマトリクス組織を「部分最適に陥った末期的な会社に見られる典型例」と言う経営学的な見方もあります。しかし、SOMPOではあくまで全体最適を目指すための経営体制として、敏捷かつ柔軟な意思決定と業務遂行を実現しています。なぜ、このようなグループ経営体制を構築したのでしょうか。

写真:スコット・トレバー・デイヴィス
グループCEO 代表執行役会長
櫻田 謙悟

櫻田 かつて、私はホールティングスと損保ジャパンのトップを兼務していました。当初は、損保ジャパンの規模と収益がグループの中で非常に大きかったので、自分の時間の大部分を損保ジャパンの経営に投入することに、特に問題はないと認識していました。しかし、テーマパーク構想や海外・異業種企業との連携を推進していく際に、いずれ壁にぶつかると思ったのです。そこでまず、自分自身はホールティングスのCEOに専念することにし、各事業会社にはホールディングスが無くても経営できるように、事業オーナー制を導入しました。今でいうサイロ型の組織で、事業オーナーに大きな権限を与え、迅速な意思決定と業務遂行を行う縦のラインを作ったのです。そして私は、各事業の戦略と執行状況をモニタリングし、ホールディングスの経営全般を統括してきたわけです。ところがしばらくして、私自身の日々のリソース配分が難しくなるとともに、各事業内での部分最適の兆しが表れるようになり、人事やIT、リスク管理といったグループ共通課題に対する横串が必要な状況になりました。ホールディングスという経営形態が活かせていない、当時のこうした問題が、コングロマリットディスカウントにつながるのだと考えています。そもそも、テーマパーク構想の実現には、縦ラインよりも横ラインが肝になります。そこで、事業オーナーに横のラインを意識してもらい、油断していると資本や人材が他事業に持っていかれるという緊張感のある状態にするために、CxO制を採用したのです。その結果、グループとして最善の意思決定と、グループ横断の施策を実行しやすくなりました。グループCEOである私にとっても、事業オーナー制とCxO制は、縦と横の両方の視座を確保するための、必然的な仕組みだと認識しています。

デイヴィス ガバナンスの役割として、チェック&バランスの確保だという言い方が多く見られます。しかしSOMPOの場合は、CEOの諮問機関であるGlobal Executive Committee(Global ExCo)に、大きな特長があります。事業オーナーとCxOがグループ内の情報とノウハウを共有し、自身の担当領域や立場にとらわれない視点から虚心坦懐に意見を交わし、ハイレベルな決定を下せる場が内在化されていますね。

櫻田 その通りだと思います。事業オーナーが背負っている各々のミッションは、ボトムラインで競争しています。売上や利益での貢献だけでなく、社会に提供している価値も含めて、各オーナーはプライドを持って仕事をしています。そして、この縦のラインでの競争が、フェアで健全な競争になっているかどうかを、横のラインを支えるCxOが、資本効率やリスク管理、人材育成などの面からチェックするわけです。彼らにも自らのミッションを宣言してもらうために、各CxOのミッションペーパーをメンバー全員に配布し、事業オーナーだけが明確なミッションを持つのではなく、CxOも結果責任を問われるのだという点を明確にしました。メンバー同士はライバルであると同時に、協力関係を築く相手でもあります。例えばCFOがより良い成果を上げたければ、事業オーナーと納得いくまで話し合うことが不可欠です。健全な競争と相互理解、そして経営層レベルでの共創が全体最適につながっていることを、最近感じています。

ガバナンスの持つScalability

Global ExCo

デイヴィス 白川社長は2022年4月、SOMPOグループの中核企業である損保ジャパンの社長、そして事業オーナーに就任され、Global ExCoにも出席されています。あのような会議体の場で、どのような気づきがありましたか。

白川 国内メンバーだけではなく海外のメンバーも一同に会して事業やシナジーを議論することは、非常に有益だと考えています。実は社長に就任した当時、私の頭の中は国内損害保険事業が大部分を占めていました。ところがGlobal ExCoに参加して皆さんと交流するうちに、海外保険事業を含むグループシナジーを意識するようになりました。Global ExCo が終了して自分の席に戻ってからも、私は損保ジャパンのトップとしてどういう指示を出すべきなのか、グループとしての最適解という観点で考え、判断するように心掛けています。

最近のGlobal ExCoで多く取り上げられるテーマが、介護RDPです。まずは日本の介護業界へRDPを展開していくことで、世の中をどう変えていきたいのかという経営トップ層の熱い想いと、それを支えるテクノロジーに関するディスカッションは、保険事業を預かっている私にとって、もう一段も二段も志を高くしていかなければという刺激になっています。

CxO制度

デイヴィス このたび損保ジャパンにおいてもCxO制度が導入されましたが、この制度を今後、どのように活用していきますか。

白川 先般、国内損害保険事業のビジネスモデル自体をトランスフォーメーションするという指針を出しました。人事部門と人材育成部門、代理店指導、営業、保険金支払部門など、すべての部署を連動させて変革を推進するとても大規模な施策です。当然ながら各ラインの取締役や部署がそれぞれベストを尽くすだけで対応できるものではありませんので、新たに採用したCxO制もうまく活用して、効率よく最大・最適の効果を上げていきたいと思っています。また、この変革によって損保ジャパンだけでなくグループとしてもシナジーを創出していけると思っていますから、グループCxOとも連携して有効化・活性化を図っていきます。今後1年程度でこの変革を加速していきたいと考えています。

取締役とのコミュニケーション

デイヴィス SOMPOホールディングスは指名委員会等設置会社であり、日本の企業の中では、ガバナンスのもっとも厳格な機関設計をとっている会社の1つです。ホールディングスの取締役はかなり大きな権限を持つ一方で、各事業会社の主要メンバーと頻繁に意見を交換しています。私は、経営レベルでのフランクな意見交換の場が多く設けられている点が、当社グループの特長の一つだと思っていますが、白川社長にはどのように映っていますか。

写真:白川 儀一
国内損害保険事業オーナー
白川 儀一

白川 取締役の皆さんは事業会社を率いる私たちととてもフランクに接してくださいますし、また私自身もフランクに話せる性格ですので、良い関係を築きやすいと実感しています。今後はグループ戦略や業務執行方針について、より深い意見交換が必要な時期となりますので、担当領域や立場にとらわれない視点から自由に意見を交わせるコミュニケーション環境が、より活きてくると見ています。

デイヴィス ホールディングスの取締役には、随時留意すべき点もあります。「我々が考えていることなら言わなくても分かるだろう」といった思い込みを排除し、事業オーナーの皆さんと、丁寧なディスカッションを図るべき。そして事業オーナーの皆さんは、各々のビジネスについて大きな権限を与えられているからこそ、顧客接点や現場から上がってくる大切な声を、グループ経営を議論する場にも届けてほしい。そのような機会を設けることが、とても重要だと考えています。

白川 仰る通り、国内の損害保険市場で今どんな変化が起こっているのかを、もっとも把握しているのは損保ジャパンでありますし、それをホールディングスが手触り感を持って把握するのは難しいと思います。業界で起きている新たなトレンドをふまえた、グループ全体での成果の最大化につながる施策などについて、事業オーナーの立場からしっかり説明することも、私のミッションだととらえています。

SOMPOのマトリクス型ガバナンスにおいては、「投資=ただの資源配分」ではなく、資源の活性化である

事業オーナー制とGlobal ExCo

デイヴィス 国内生命保険事業のオーナーである大場社長は、SOMPOグループの経営形態やガバナンスのあり方について、他の生命保険会社にない特長は何だと考えていますか。

大場 一番の特長は、事業オーナー制でしょうね。私たち事業オーナーには、非常に大きな権限が与えられています。かといって、フリーハンドで好きにやっているわけでもありません。まずホールディングス全体の方向性があって、そのなかで生命保険事業として、戦略立案や投資配分などの判断が問われています。この制度を基盤にして、権限の分散と集中が絶妙なバランスの上に成り立っており、制度自体も独自の進化を遂げています。

デイヴィス では、Global ExCoとの向き合い方についてはどうでしょうか。

大場 権限の分散と集中が絶妙なバランスで成り立っているからこそ、Global ExCoはとても貴重な場だととらえています。私にとっては、意思決定と業務執行を行う際の座標軸になっています。座標軸のうち、縦軸は「現在から未来への時間軸」であり、例えばデジタル事業オーナーの楢󠄀󠄀﨑さんやグループCDOのアルバートさんからの未来からバックキャストした多様な情報が、Global ExCoの議論に活用されています。私はおおむね現実・現場寄りにいますから、Global ExCoは未来の姿をいかに自らがキャッチアップできているかを確認する場なのです。一方、横軸は「事業の幅」です。国内外の生命保険マーケットを俯瞰しつつ、生命保険事業の戦略をSOMPOグループの目指す姿と照らし合わせて、自らが進んでいるのか遅れているのかを確認する場としても、Global ExCoは有効です。つまり、Global ExCoと事業オーナー制はセットであり、どちらも欠けてはいけないものでしょう。また、最近ではグループCOOに奥村さんが就任され、さらに新しいメンバーも加わったことで、議論にユニークな化学反応が起きています。

デイヴィス もしGlobal ExCoのような会議体がなかったら、ホールディングスの経営とガバナンスはどうなっていただろうかと、想像する時があります。おそらく、「ホールディングス投資委員会×事業オーナー」や「グループCEO×事業オーナーとの個別レポート会議」など、各事業がサイロ化しやすい1対1の会議に多くの時間を割いていたことでしょう。

写真:大場 康弘
国内生命保険事業オーナー
大場 康弘

大場 投資戦略に関しては、もしGlobal ExCoがなければ、未来志向の投資は抑えられ、もう少し現実的な投資に偏っていたでしょうね。言い換えれば、未来志向の投資の議論が、Global ExCoの中でしっかりできているのです。私自身も、議論のテーマが投資戦略になった際には、頭の中のスイッチを未来志向に切り替えています。現在の事業戦略と未来のシナリオを結び付けた議論ができているのは、Global ExCoという場があるからこそでしょう。

デイヴィス より長期的な時間軸で、SOMPOグループにとって不可欠な投資を果敢に実行することで、生命保険事業においても将来戦略の選択肢が増え、可能性が広がっていきますね。

大場 仰る通りです。ビジネスの可能性が広がる、ワクワクするような投資案件をGlobal ExCoの場で発信していきたいです。特にデジタル改革を進展させるための投資は重要です。生命保険事業でも引き続きDXを推進し、RDPのグループ各社への展開にしっかりつなげたいですね。

Big PictureによるGroup Advantage

デイヴィス 介護・シニア事業は、SOMPOグループの中でもっとも歴史が浅いですが、その分、発展のスピードがもっとも速いと感じています。社会の高齢化に伴う課題解決に向けて、介護事業の役割はますます大きくなっていますが、ここ数年で起きている現場の変化について聞かせてください。

遠藤 かつて私も保険事業をやっていましたが、その経験と比較しても介護事業は明らかに社会から注目されていますし、日本が抱える社会課題にダイレクトに貢献できる仕事だと社員も実感していると思います。2022年度は、440人の新卒者が入社しています。そのおよそ7割が「小さい頃におじいちゃんやおばあちゃんに可愛がってもらったから、社会に恩返ししたい」といった理由で入社を決めています。現在の社員数は約25,000人ですが、その多くは高齢者からいただく笑顔に、やりがいを感じています。SOMPOグループとして良いビジネスに参入したと、あらためて思います。

参入当時に櫻田さんから言われた「損害保険とのシナジーは考えなくていい、まずは介護事業者として一流プレーヤーになることだけを考えてほしい」という言葉が今も忘れられません。なぜなら、いろいろな協力業者・取引先の中で、「この会社は損保ジャパンの取引先だ」と意識した瞬間に、ベストな判断ができなくなる可能性があるからです。だからこそあの言葉を常に肝に銘じています。

デイヴィス 櫻田さんは、SOMPOグループの業績を底上げするために介護事業に参入したのではなく、介護業界には質的な変革が求められていて、そのためにベストを尽くす事業者が必要だという課題意識があったのですね。

遠藤 櫻田さんから言われたとおり、一流になるには、社員の育成が鍵になります。当時の業務環境は良いものではなかったですし、教育も不十分でした。そこで、まずは社内の人材を徹底的に教育していこうと決意しました。

現在では、企業規模も業務の質も、業界トップになっていると感じています。また、かつては25%ほどだった離職率が、今は約11%にまで低下しました。処遇の改善にも努め、今の当社の介護職(リーダークラス)は、平均的な看護職と同程度の給与水準になっています。これが業界全体の刺激にもなっています。日本政府もSOMPOホールディングスとSOMPOケアの取組みに注目してくださり、いろいろな委員会に呼ばれるようになりました。今のSOMPOグループは、保険事業を通じてリスクから人々を守りながら、介護事業の質的向上によって高齢化問題の解決にも寄与できていると、私は実感しています。

Global ExCo

デイヴィス 事業オーナーとして、Global ExCoのメンバーに加わられていますが、この会議体のメリットや、これまでの議論の経験について教えてください。

写真:遠藤 健
介護・シニア事業オーナー
遠藤 健

遠藤 グローバル、つまりダイバーシファイされたメンバーが、損害保険、生命保険、介護について、みんなで縦糸・横糸含めて同じテーマで議論をするというのは、他に類を見ない、SOMPO特有の仕組みだと思います。介護を例に挙げると、5〜6年前なら「危ない事業に参入する」という見方をする人もいたと思います。しかし今は「もっと知りたい」という関心を持つ人が大多数です。事業のあり方やグループ戦略とリンクさせた価値創造の手法を、Global ExCoの場でしっかり議論できるのは最大のメリットです。例えば、SOMPOインターナショナルが推進する事業や投資計画などの話を頭に入れて、自分のフィールドに置き換えて考えることが非常に重要なのです。働き方改革やMYパーパスといったテーマについて、保険と介護は異なるかもしれませんが、話し合えることも大きなメリットです。

SOMPOホールディングスのガバナンスという面では、グローバルの観点からメンバーを集め構成されており、役員の顔ぶれは多種多様です。彼らがリーダーシップを発揮して投資計画を立案し、介護をはじめとする保険以外の事業にも投資をしていますが、これはまさに、SOMPOのガバナンスを象徴していると思いますね。

CxO

デイヴィス 介護RDPの進捗状況についても教えてください。

遠藤 2022年11月のIRで、販売計画と商品ラインを発表する予定です。まずは介護事業者での活用から始めて、次のステップとしては地方自治体の推進するデジタル田園都市構想(スマートシティ)において、介護RDPを活用できないかを考えています。この展開にあたっては、パランティアの技術を活用したビックデータの解析が、目玉の一つになります。入居者の食事状況など、介護の記録を蓄積して解析し、3か月後にどのような体調変化が起きるのかを予測したうえで、適切な手を打てるソリューションとして構築します。パランティアの技術は業界の中で大きな差別化ポイントになっています。

デイヴィス 介護業界の中で、SOMPOケアだけがパランティアと提携できたのは、遠藤さんが普段から発言されている介護ビジネスの重要性・可能性を、当時グループCDOであった楢󠄀󠄀﨑さんが深く理解し、パランティアのテクノロジーとの親和性に気づいたからでしょう。CxOが事業オーナーのマインドを理解し、相性の良い案件を次々に引っ張ってくるという好ましい流れは、これからも続くと思います。

遠藤 これから私たちが展開する介護RDPは、世の中を変えられるインパクトを秘めています。介護RDPが提供する価値は、日本にとって優先順位の高い社会課題の解決に直結しており、国の政策にも好ましい影響を与える可能性があるはずです。

デイヴィス もし介護業界に参入していなければ、現在のSOMPOグループは、かなり違った姿になっていたでしょう。おそらくCDOの機能も、今のようなパワフルなものにはなっていなかったはずです。

地域によらないガバナンス

SOMPOの違い、それは日本だけでない海外も含めたBig Pictureの共有

デイヴィス 日本では何年も前からグローバル化の重要性が叫ばれています。SOMPOインターナショナルのトップとして、グローバルな保険事業へのニーズとこれまでの実績を、どのようにとらえていますか?

シェイ 私たちはすでにグローバルな存在であり、スケールの大きな損害保険会社です。他社との違いは日本のマーケットへの依存度です。2021年度は欧米の多くのグローバル企業よりも大きな保険料の実績を残しましたが、ほとんどの人がこの事実に気づいていないのです。しかし私たちは現状に満足することなく、ポートフォリオの地理的なバランスをとり、日本以外からより多くの収入を得る必要があります。そのためには、常にボトムラインを意識しながら国際的にお客さまを増やしていくことが必要です。私たちの戦略は既存・新規の地域で顧客基盤を拡大し、海外保険事業からより多くの営業利益を得ることと、SOMPOブランドを世界市場で確立することです。このような目的と成長のための戦略は、社員にとってもエキサイティングな提案になります。

Global ExCo = コーポレートカルチャートランスフォーメーション

デイヴィス シェイさんはすでに、Global ExCoに何度も参加されています。私もオブザーバーとして参加していますが、回を重ねるごとにレベルが上がっていることを実感します。シェイさんがGlobal ExCoで得た成果やSOMPOインターナショナルの事業と組織に活かすために心掛けていることを教えてください。

写真:ジェイムス・シェイ
海外保険事業オーナー
ジェイムス・シェイ

シェイ Global ExCoは素晴らしい会議体です。加えて、会議への参加を目的に東京を訪ねることで、会議の前後にGlobal ExCoのメンバーやシニアリーダーたちと会い、関係を深める機会が得られます。櫻田さんは私たちに対して、もっと意見を交わし、議論を深めてほしいと願っているはずです。そしてそれは、すでに行われています。シニアリーダーたちは、時にはチャレジングな質問をしますが、とても良いことだと思います。単に情報を発信するのではなく、グループの重要課題に沿った戦略を確実なものにすることができます。

私にとって本当に必要なことは、帰国した後にGlobal ExCoに参加していないメンバーに、会議で得た情報や私が話したことを伝え、彼らからも自分のチームに伝えてもらうことです。もしそうでなければ、一貫性と焦点が欠落してしまいます。私はSOMPOインターナショナルのリーダーに対しても日本に行ってもらい、日本のメンバーに会うように促しています。東京以外の都市でもGlobal ExCoを開催する機会があれば、現地のマーケットにおいて我々のビジネスを示すことができ、強いメッセージになります。

デイヴィス これまでの多くの日本企業では、意思決定は事前に行われており、肝心の会議では決定済みのリストを見ながら確認する、一種の儀式のようなものでした。しかしSOMPOでは、グループ全体の戦略に関する重要な課題について、顔を合わせて真剣に議論しています。

シェイ 私はこのようなプロセスを知っていますし、SOMPOではまだ十分ではありませんがそれが起きており、正しい方向に進んでいると思います。良い決断を下すためには議論や話し合いが欠かせません。シニアリーダーは、組織の中に入ってより多くの、さまざまな従業員と話し、ビジネスが行われている場所で何が起こっているかを理解する必要があります。私にとってもっとも刺激があり、示唆に富んだ会議が実現するのは、自社のオフィスで「入社1年未満の全社員と話したい」とリクエストしたときです。彼らはフィルターもかけず、忖度もせず、自らの考えを話してくれます。日本のさまざまなレベルの社員と話をしても、同じような率直さがあると思います。いくつかの話を聞いてみると、彼らはもっと変わってほしいと思っているし、海外で何が起こっているのかに関心を持っているようです。そして、自身の業績や生み出した価値に見合う、正当な対価を得たいとも考えていました。既存の制度や慣習を乗り越えて活躍するためにも、より大きなリスクを取ることを望んでいるのだと思います。事業オーナーとしてGlobal ExCoに参加している私たちの任務は、櫻田さんが「聞きたい」と思う内容を伝えることではありません。私たちは自らの考えを、率直に披露すべきなのです。

SOMPOのトランスフォーメーションによってグローバル事業も進化する

デイヴィス Global ExCoをより効果的に運営するために、海外保険事業オーナーとして貢献できることは何ですか。

シェイ まず申し上げたいのは、SOMPOインターナショナルのビジネスが海外でどのように展開されているのか、日本における競争と異なることが、まだ十分に理解されていないことです。私たちのビジネスの多くは保険ブローカー、あるいは「お客さまのお客さま」を通じて行われます。そのため、海外市場で商品・サービスを差別化するための手法は、日本とは異なります。目的は同じであってもそれを達成するための方法は、優先順位(目的、顧客、利益)は一貫していたとしても、「どのように」達成するかという点では異なってきます。

また、SOMPOグループがグローバルな企業集団として成功するためには、グローバルなマインドを持ったリーダーシップを発揮するチームが必要です。特定のビジネスの専門家である必要はありませんが、好奇心旺盛でオープンなマインドを持つ必要があります。SOMPOグループにお客さまを呼び込むためにも、市場で何が有効なのか、戦略を成功させるためにどこにリソースを集中させるべきかを、今後も発信し続けます。

デイヴィス 近年、SOMPOインターナショナルの経営とガバナンスは、急速な進化を遂げています。2017年にエンデュランスがSOMPOグループに加わり、その創業者ジョン・チャーマン氏が現在のSOMPOインターナショナルのトップとなりました。この非常に大きな変化のインパクトと、SOMPOグループ全体にとってのジョン・チャーマン氏のレガシーについて教えてください。

シェイ 私は、25年以上のキャリアにおいて、3つの会社でさまざまな役割を担ってきましたが、そのたびに実感することがあります。それは、「仕事に終わりはない」ことです。誰かがAからBまでを担った後に、他の人がBからCまで、さらに他の人がCからDまで、といった具合です。組織としての仕事は決して終わらないし、常に進化しているのです。ジョン・チャーマン氏のレガシーは「AからB」の段階であり、極めて重要なプロセスだったと思います。彼はSOMPOインターナショナルにおいて、アンダーライティングの文化に焦点を当て、技術的な専門知識を駆使して、伝統的なロイズ市場などに対抗できるビジネスを作り上げました。これを意図的に、かつひっそりと行ったのです。私はSOMPOインターナショナルの事業規模が短期間で130億〜140億ドルにまで拡大したことに驚いています。そしてジョンは、次のステージはもう少し表に出ることだとわかっていたのだと思います。彼はすべてを取りまとめてM&Aを成功させ、事業を正しい方向に導き、困難な局面を切り抜けました。そして私たちは今、これをベースにして顧客基盤をさらに拡大し、よりグループに貢献していく必要があります。

今の私の役割は、SOMPOインターナショナルを「次のレベル」へ引き上げることです。私にとって「次のレベル」とは、大企業のプラス面と、私たちがすでに持っている長所を巧みに組み合わせていくことです。

デイヴィス ジョン・チャーマン氏がSOMPOに残したレガシーの一つは、さまざまなビジネスにおいて、効果的なガバナンスの形態があると示したことです。SOMPOはそこから学び、大きな恩恵を受けました。しかし物事は常に変化し、私たちも変わらなければなりません。仰るとおり、仕事に終わりはありませんね。

正しい未来を作るためのガバナンス

デイヴィス SOMPOグループにおける「トランスフォーメーション」の概念について、話していただけますか。

写真:楢󠄀󠄀﨑 浩一
デジタル事業オーナー
楢󠄀󠄀󠄀﨑 浩一

楢󠄀󠄀﨑 SOMPOは、今のポジションを守るためではなく、未来の競争を勝ち抜き、より良いポジションを獲得するために変化しようとしています。これが、SOMPOにとってのトランスフォーメーションです。私たちがやろうとしていることは、私たち自身を変革することです。変化を恐れ、失敗を避けようとする多くの企業とは異なり、私たちはゲームそのものを変えようとしているのです。

もともとSOMPOには、社会や時代の変化をとらえ、それをチャンスに変えるリーダーシップが備わっていたのだと思います。もし、私たちが別の会社にいたら、このような変革は起きなかったでしょうし、パランティアに巨額の出資をすることもなかったでしょう。

デイヴィス なるほど、デジタル技術の分野で深い経験を持つ人は、社会や業界の全体像を見て先を読み、パラダイムの観点から思考することを習慣化しているのですね。では、トランスフォーメーションを推進するためのデジタル戦略の中身について教えてください。

チュー SOMPOは、保険や介護の業界にパラダイムシフトを起こす存在だと思います。ピーター・ドラッカーは「未来を予測する最良の方法は、未来を創造することだ」という言葉を残しています。まさに今、SOMPOが実践していることです。

私たちが推進するデジタル戦略は、三つのホライゾンで構成されています。一つはDXです。これは戦略の核となるものです。今、私の仕事の80%は、X(=トランスフォーメーション)を設計・測定し、DXが全事業に与える影響を確認しながら、水平的なアプローチで評価することです。

二つ目はリアルデータプラットフォーム(RDP)です。例えば介護のようなコアビジネスにおいて、事業を通じて収集・蓄積したリアルデータから得られた知見と新しいサービスモデルを、介護・他の近接業界にも展開するものです。SOMPOケアが展開する約400の介護施設だけでなく、日本の介護業界を構成する6万とも言われる介護事業者を活性化させ、さらには社会・経済の生産性と効率性を引き上げることに寄与できるのです。

そして三つ目は、5年後、10年後を見据えた「ホライズン3」です。先日、楢󠄀󠄀﨑さんと私は、あるセミナーでWEB3について話してきました。WEB3を象徴するブロックチェーンやスマートコントラクト、トークンなどのコアテクノロジーは、金融や保険業界の事業モデルを完全に変えてしまう可能性があると感じています。私たちは今、この変化を予測し、未来に成り立つビジネスの創造につながる実験を重ねています。WEB3などがもたらす社会変化が大規模かつ主流になった時に、私たちはすでに準備ができていて、次の時代に必要とされる保険商品・サービスを速やかに提供できるリーダーになることを、目標に定めています。

このようなデジタル戦略を着実に前へ進めながら、これほど包括的な未来への展望を持つ保険グループは、世界のどこにも存在しないと私は確信しています。私や楢󠄀󠄀﨑さんは、この三つのホライズン戦略によって未来を創造するために、SOMPOの執行役・執行役員に名を連ねているのです。

写真:アルバート・チュー
グループCDO
アルバート・チュー

楢󠄀󠄀﨑 このような戦略を実行に移せるのは、経営トップ層の密なコミュニケーションと相互理解のバランスにもとづいた、優れたガバナンスがあるからでしょう。具体的には三つあると思います。まず、櫻田さんというビジョナリーリーダーがいます。彼は、私たちが何をしているのか、細部に至るまで常に問いかけてきます。また、とても親しみやすい方です。他の会社ではありえないほどです。二つ目は、取締役会です。私たちが何をしようとしているのか、取締役会と密にコミュニケーションをとり、取締役会が何を考えているのか、私たちにどのようなことを期待しているのかを知るために、議論する機会が多く設けられています。そして三つ目は、Global ExCoです。SOMPOのGlobal ExCoの特長は、政治的な駆け引きがないことです。すべての主要な指標と重要な課題について率直に話し合い、同意するかしないかを決定します。この会議は、すべての事業オーナーとCxO、そして取締役に対して開かれています。そのため、グループ経営の重要なテーマごとに、何が起きているのかを、全員が深く理解できます。このような透明性とバランスの取れた視点は、私たちにとって非常に重要なものです。

SOMPOのガバナンスを象徴するこの三つのうち、もし一つでも欠けていれば、これまでのトランスフォーメーションの成果は、何も達成できていなかったでしょう。将来を見通して戦略を立て、行動することもなかったはずです。

ガバナンスは人
だからこそ、“I(インクルージョン)”が“D(ダイバーシティ)”の前にある

デイヴィス 今日、多岐にわたる話を聞きながら強く感じましたが、なんと言ってもガバナンスの要はやはり人材ですね。グループCEOとしては、サクセッション・プランニングだと思います。当社ではサクセッション・プランニングにあたって、多様性と公平性、帰属意識の概念を採り入れています。また、SOMPOグループとして、目指すものやパーパスは共通していますが、各事業会社では多様な国籍・多様な価値観の人が、トランスフォーメーションの文化の中で活躍しています。人材にこれだけ力を入れている理由は何でしょうか。

櫻田 もし、人材マネジメントのアプローチがダイバーシティだけなら、「違っていることが良い」となりますね。極論すれば、「放し飼い、野放図でも良い」となってしまいます。だからまず、違いを受容できる「インクルージョン」がないと、組織としてのミッションを与えられないわけです。さらに、普段は「僕は僕、私は私」だけれども、SOMPOグループの中では、共通の目標やミッションに向かっていこうと一致させるものが必要であり、それがパーパスだと思っています。パーパスを具体的に定義して、パーパスの実現に向けて自分自身は何をしたらよいのかということを、自分事として考えてくれる人たちの集団にしていきたいのです。だから人材にはこだわらなければならないと考えています。

そして、その人は、インクルージョンが前提でありますが、ダイバーシファイされていればされているほど、面白い会社になる。最後は人なのです。

人も企業も常に進化しています。生き物である経営というものをミッション・ドリブンで、しかもパーパスあるダイバーシティで作っていく。そのフレームワークがSOMPOグループにとってのガバナンスなのです。