(2023年8月発行)
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SOMPOのパーパス経営

特別鼎談

企業価値向上に向けた人的資本経営

ソニーグループ株式会社
執行役専務

安部 和志 様

高倉&Company合同会社共同代表 ロート製薬株式会社 戦略アドバイザー
髙倉 千春 様

SOMPOホールディングス
グループCHRO

原 伸一

安部 和志

1984年 ソニーに入社。ソニー・エリクソン・モバイル・コミュニケーションズ バイス・プレジデント、Sony Corporation of America シニア・バイス・プレジデントなどを経て、2016年 執行役員コーポレートエグゼクティブ、執行役EVP。2018年 執行役常務。2020年より現職。ソニーグループのアイデンティティである、多様性を重視する企業文化や会社と社員の対等な関係性を継承しつつ、企業パーパスである「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす。」の実現に向けて、社員一人ひとりの「成長」と「挑戦」を支援する人事戦略を牽引。

髙倉 千春

1983年 農林水産省入省。ファイザー株式会社人事部担当部長などを経て、2014年 味の素株式会社のグローバル人事部長、2020年 ロート製薬株式会社取締役、2020年 同社CHRO。2023年より現職。三井住友海上火災保険、野村不動産ホールディングス、日本特殊陶業の社外取締役も務める。25年以上にわたり、国内外のグローバル企業における人事戦略を推進。近年は、人事領域のオピニオンリーダーとして、キャリアを通じてどのような価値を社会に創出していきたいかという個人の「Will」に着目するなど、多様な次世代人材育成も推進。

パラダイムシフト

安部氏 今、世の中でパラダイムシフトが起き、人材に注目が集まっています。各社が個の力を最大限引き出そうとされているのは、社会環境の変化から来る必然性と各社共通の問題意識からだと受け止めています。また、厳しい環境が続き、一人ひとりも、以前より高い緊張感を持って自ら選択し行動しようとする変化が認められます。これは企業にとってチャンスであり、それに応えることが大きな可能性につながると考えます。ソニーは77年前に設立されて以来、創業者の思いを今に引き継ぎ、常に個の自主性を会社の成長の軸にしてきました。もう一度原点に立ち返り、個の成長を企業の成長につなげていこうとしています。

髙倉氏 私は縁あって25年ほど人事の世界に携わってきましたが、この間、人的資本に対する考え方が変わるのを見てきました。25年前はリソースととらえられていましたが、その後、ヒューマンアセットという考えが広がり、人材マネジメントやタレントマネジメント、サクセッションプランという概念が出てきました。
さらにこの10年で人材が資本の1つになってきました。新しいものを創造していく際にその価値を作っていくのが人である以上、その人に対していかに資源を投入し価値を生むかが経営の課題になってきたと思います。
大事だと思っていることは、技術などの長足の進歩や変化にどう対応するか。そのなかで労働力不足もあり、一人ひとりの価値がますます大事になるということです。特に若い世代では働くことへの価値観が変化しており、ESGネイティブという言葉のように社会のために何かしたいという意識の変化があります。

 世の中が変わり、個にフォーカスしなければならない時代ですね。SOMPOでは、世の中に必要とされ続ける存在になり、長く存続していくために何が必要かということをパーパスで示しています。
これまでは、人口増加や右肩上がりの経済成長のなかでお客さまとともに成長し、事業を拡大してきました。しかし、少子高齢化やテクノロジーの進化など社会のあり方が変わるなかで、これまでのビジネスモデルでいいのか、保険を提供すればそれでよいのか、という問題意識があります。保険のあり方を変え、保険以外の分野にも出ていかなければいけない。これが私たちにとってのイノベーションです。イノベーションを起こすためには、社員がチャレンジしなければなりません。チャレンジできる社員と組織を作ることが私たちにとっての人的資本経営です。イノベーションを奨励する文化とインクルーシブな組織を作り、社員一人ひとりがエンゲージメントを高く保ち、チャレンジする。それがSOMPOの目指す人的資本経営です。

人的資本経営の取組み

写真:原 伸一

 人的資本経営の実践に向けて最初に着手したのが、働くことに対する社員の意識変革です。「会社の中の自分」から「自分の中の会社」への変革が必要でした。これを具体的に進めるための起点となるのがMYパーパスです。自分の人生で何をなしとげたいのか、大切にしたいものは何か、といったことを一人ひとりが言語化し、それを実現するために会社を舞台・装置として使っていくのです。
ソフト面では、グループCEO自らが社員と対話する「タウンホールミーティング」や現場でマネージャーとメンバーが行う「MYパーパス1on1」があります。また、MYパーパスを通じたチャレンジやイノベーションを奨励する施策としてグループ横断の「SOMPOアワード」を創設しました。「すべての挑戦に、エールを。」を掲げ、一人ひとりのチャレンジを皆で称え合うものです。これらを通じて、MYパーパスにもとづくチャレンジにあふれる企業文化への変革を図っていきます。
ハード面では、MYパーパスを実現するためのキャリアを積むことのできる制度が必要と考えており、社員のセルフ・ドリブンな働き方を後押しするためのジョブ型人事制度や手上げ制の人事異動などの導入・拡大を進めています。

髙倉氏 ロート製薬では、この20年で社員数は500人から1,700人、売上も500億円から2,000億円強へと右肩上がりで成長を続けてきました。私が誇らしいと思うのは、新規事業を起こし続けてきたことです。目薬の会社からスキンケアを主力事業とするまでになり、今では胃の中から健康になろうと農場を運営し、ハンバーグなど加工食品を作って販売しているほか、再生医療分野にも注力しています。
新規事業を起こす鍵となったのは、創業の時から言ってきた「事業を創る前にまずは人が存在する」という思想です。少し古風ですが、運動会や社員旅行を行ったり、誕生日にケーキをプレゼントしたり、非常にフラットな組織文化を作っています。人を真ん中に置き、組織の垣根を超えて人自体を見ることをとても大事にしてきたので、若い人でも意見を言える文化があるほか、手上げ文化も定着しています。昇格も手上げで、社員の主体性を重んじる文化があります。個のパーパスと会社のパーパス・理念である「Connect for Well-being」の交わるところを探そうとしています。
兼業・副業に関しても8年前から始めています。これは当社の会長の「社員は会社の所有物ではない」という考えによるものです。会社の所有物でないなら会社ではないところで、やりたいことをやってもらい、元気に仕事をしてもらおうという考えです。
社員はプロフェッショナルであるべきというのが人事制度の根幹にあります。これは難しいことですが、会社のためではなく社会に価値を出していかなければなりません。ですから当社では、キャリアの中でNEEDを探すのではなく、社会への将来価値を考えてNEEDを自分で作っていくことに取り組んでいます。
味の素時代には、SOMPOアワードのように、「“Eat Well, Live Well.”のために何をやっているか」という事例を世界中から集めてベストプラクティスに対するアワードを実施していました。「人」を見える化してレコグナイズすることは非常に大事だと思います。

写真:安部 和志

安部氏 経営を進める上でのアセットは、財務資産、ブランド、知的財産、技術などさまざまですが、その中で「人材」は、定量化、見える化しづらく、時間軸を長くとる必要があるなどの特殊な性格を有しています。何より、主体性や自我があるので、他の資源と異なり、経営の意向で自在に利用できるものではありません。このような特性をもつからこそ、「人」という資本に向き合っていくことには大きな可能性があると考えます。資本としての「人」を経営の方向性と連動させるには、一定の専門性が必要で、それが今、人事部門に問われていることだと思います。これはチャンスであり、その期待が人事機能の価値の高まりになり得ると考えています。
主体性や自我がある社員と会社を対等な関係で見つめ直すことは必然的な流れです。社員が自分にアサインされた仕事に主体性ややりがいを持っている、と感じる状態にするには対話が重要です。ソニーの文化を構成し、体現する仕組みや制度は、大きく分けて「会社が働きかける制度」と「自分の判断を行使する制度」の2つに分けられます。「こういうチャンスがあるが挑戦する意欲、関心はありますか」と投げかけ続けることと、「あなたの今の思い、判断を聞かせてください」と問いかけ続けるものです。SOMPOさんも日常的にタウンホールミーティングやSOMPOアワードを行われていますが、対等な関係を維持しようとすると個の自主性を尊重する姿勢を示し続けることが求められる、これも広義の対話ではないかと思います。

 おっしゃるとおり、対話は非常に重要です。例えば、MYパーパスは上司と部下が定期的な対話の中で、お互いのMYパーパスを共有していくことで、MYパーパスの中に仕事が落とし込まれ、MYパーパス実現に向けたチャレンジへつながっていくと考えています。

安部氏 大事なのは自立した主体性であり、会社が目指すもの、存在意義を定めて、個は個で自分の価値観をもってもらうというSOMPOさんのアプローチには賛同を覚えます。我々もパーパスのもと、「Special You, Diverse Sony」と言う人材理念を掲げ、パーパスを中心に2つの円を重ね合わせようとしています。そこで両者の実現の共通ドライバーになるのは「成長」だと考えます。社員一人ひとりも企業も「成長」し続けなければなりません。人格が異なる両者にとって「成長」は共通のアジェンダです。
成長を実現するうえで重要な行動は「挑戦」だと考えます。ソニーの創業者の一人、盛田昭夫は、「挑戦は常にリスクを伴うが、挑戦するリスクよりも挑戦しないリスクの方が大きい。進化の対義語は退化ではなく現状維持」と言っています。現状に満足した時点で世の中の進化から遅れ、それはすなわち相対的に退化することだと日頃から語り、互いに成長し続けようという対話を人事の制度や機会を通して社員に投げかけています。
事業が新しい挑戦に取り組む際には大きなリスクを伴いますが、保険と言う商品には「心配しなくて大丈夫」と肩を押してもらえる安心感を覚えます。そのような商品を扱われるSOMPOさんは、社会が挑戦を続けるうえで、大きな意義を伴う事業を展開されていると感じます。
マイクロソフトが「Growth Mindset」という考えを軸に企業文化の変革を図られ、その取組みから、さまざまなことを学びましたが、文化を変えるのは極めて困難で、大変なことだと痛感しました。今あるものを否定したり、変えようとするのでなく、あるべき姿を目指す、それが企業のパーパスと個人のMYパーパスであり、Growth-成長というのはその実現に向けた、両者共通の最大のドライバーになり得ると思います。

写真:髙倉 千春

 レガシーもあり大きな規模の企業が文化を変えていくことの難しさを私も実感しています。
しかし、少しずつではありますが、MYパーパスについて共感し、MYパーパスの実現に向けてチャレンジする社員の数が増えてきているのも事実です。

髙倉氏  「人材版伊藤レポート」には3つの視点が示されています。3つめに組織と個人の行動変容という記述があり、これがないと企業文化は変わらないと思います。ロートは「事業の前にまず人が存在する」と言い続けていますが、この行動変容が個人にも組織にもないとその風土は維持できないと、安部さんのお話しからも実感しました。
これから新規事業を起こしていくには、どちらに向かうかを示すのが必要であり、それをリーダー、経営層、皆が考えなくてはいけません。光をどちらから照らすかは、将来への洞察がないとできません。将来への洞察はこれまでの20年、30年とは全く異なり、難しくなってきています。今、目の前の仕事を24時間やっていても、将来への洞察はきっと起こらない。さらには、勉強や異業種間での対話の時間がなければ新規事業は起きない。こう考えると、今の仕事に費やしている時間を他に振り向けるという場を人事としては創出していかなければならない。先ほど申し上げた兼業・副業はまさにこれにあたり、越境学習までやらないと、行動変容する必要性になかなか気付きません。安部さんがおっしゃったとおり、変わるというのは難しく、アウェイに行かないと気付かないこともあります。これを越境学習の特徴だとすると、時間とエネルギーを本業と違うところに向かわせることも人事の仕事と考えています。

日本企業の進むべき方向性

安部氏 失われた30年を経て、やはり「成長」が何より重要だと思います。ソニーグループの新社長、十時が、記者会見の場で重視する言葉を聞かれ「成長」と強く語りました。ソニーは6つの多様な事業を抱え、各事業には巨大な競合相手が多く存在するなか、キャピタルを1つに集中して投下するわけにいかないソニーは、多様であるがゆえのハンディを抱えながら、多様性を競争力として価値を生み続けなければならない。そのためには成長し続けなければならないという危機感があります。多様な事業から価値を生むという成長戦略は多様な人材から価値を生むという人事戦略にそのまま通じ、当てはまります。世界中の優秀なエンジニアを始めとして、今後のソニーの成長を支えてくれそうな人材と直接、対話する機会を日頃から重視していますが、対話を通して、共通の期待は報酬よりもむしろ成長機会であると感じます。個人の成長を支援することで企業が成長し、それが資本市場からの期待にも応えられることにつながると考えます。
企業の成長を示す指標が企業価値だとすると、社員の成長を示す指標は、いきいきとやりがいをもって働いていることを示すエンゲージメント指標だと思っています。エンゲージメントが高い組織と会社の業績には明らかに相関関係があるという客観的なデータも実在しており常にエンゲージメントが高い集団であり続けるよう、社員の成長を支援することで企業の成長を支援する、そこに我々の目指すところ、人事の責任があると思っています。

写真:原 伸一

髙倉氏  「成長」について会社も個人ももう一度考えなくてはいけないと思います。私も「共成長の時代となり、会社と個人は対等」と申し上げてきました。個人が挑戦すると会社は進化する。会社が進化すると新しい事業が起きて、個人が挑戦できる場が増える。この循環を共成長として6年前に絵を描きました。味の素ではそれをやるために、グローバル人事制度の構築に取り組みました。将来も成長を続けるとしたら、肯定的な自己否定をしていかなければなりません。成長や成功体験があるとそれが続くと思うのが人の性ですが、これを潰していかねばなりません。そのエネルギーの源泉となる個としての軸をしっかり持って変化に対応し成長していくためにも、MYパーパスの意味はすごく大きいと実感します。
経営的な視点でいうと、やることは2つあります。1つは会社が向かう方向と個人の想いの重なりを大きくすること、そして自分の成長と会社の進化が起き、挑戦する機会がより増えるというメッセージをもっと継続的にはっきり出していくことです。

 本日はお二人のメッセージにとても勇気をもらいました。社員一人ひとりのMYパーパスの実現は、SOMPOのパーパス実現を支えるイノベーションの源泉です。今後もMYパーパスの実現につながる取組みを覚悟を持って続けていきたいと思います。