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(2024年8月発行)

損害保険ジャパン CXO
SOMPOホールディングス 経営企画担当、
海外M&A担当

田尻 克至

損害保険ジャパン 代表取締役社長
SOMPOホールディングス 国内損害保険事業CEO

石川 耕治

「新しい損保ジャパン」に向けて

自動車保険金不正請求への対応、企業向け保険の保険料調整行為の2つの問題で顕在化した対処すべき課題、そして、損害保険業界を取り巻く環境変化をふまえ、2024年度から開始した中期経営計画では、「新しい損保ジャパン」を目指す全社プロジェクト、SJ-Rをスタートし、全社をあげた変革に取り組んでいます。

損害保険ジャパン代表取締役社長の石川と、同社のCXO(チーフ・トランスフォーメーション・オフィサー)を務める田尻が、損害保険業界における環境変化、SJ-Rを通じて目指す姿、変革に向けた想いを語ります。

損害保険業界を取り巻く環境変化

石川 2023年度は、自動車保険金不正請求や企業向けの保険料調整行為の問題が表面化しました。私は社長に就任する前から、この一連の問題への対応に関わってきましたが、社会環境が変化し社会から当社に求められていることも変わったが、当社の経営は、その変化に気づけなかった。あるいは気づいてはいたけれどもそのことを受け容れようとせずに、過去からの慣習を続け、時代遅れになっていたビジネスモデルを変えようと思ってもこなかったことが、根本にあると考えています。言い換えると、今回、問題が顕在化するまで、当社の経営は、この現在のビジネスモデルに限界がきていること、そして、現場の社員に大きな負担をかけてきたことに気がつかなかった、私はそうとらえています。ビジネスモデルの変革は、一朝一夕にはなされないが、不断の取組みで会社を作り直す覚悟でいます。

田尻 例えば営業部門であれば、取引先に対して、シェアを拡大するために政策株式の保有を前提とした営業活動を行ってきたり、外から見たら過度ともとらえられかねない営業支援を行って、代理店に、自社の契約の取扱いを増やしてもらうことなどが、これまでのビジネスのやり方でした。これらは、損保業界以外の世間の常識とはかけ離れたビジネスのやり方でしたが、その後、2000年代に競争を勝ち抜くための合従連衡が行われた結果、大手数社による寡占状態が形成され、商品やサービスの品質や価格で勝負するという、保険本来の価値での競争が起きにくい状態となり、それが今日に至るまで「続いてきてしまった」ととらえています。

その一方で、私たちを取り巻く経済・社会環境は大きく変化しました。特に日本を含む世界の不確実性は格段に増しました。例えば、世界的な自然災害の激甚化・多発化により保険金支払額の変動幅が大きくなり、過去のデータでは予測することが困難になりました。

保険金の変動幅が比較的小さく収支の見込みが立てやすかった時代には、多少収支の悪い契約があったとしても全体として吸収でき、とにかく売上を拡大すれば利益が確保できるという構図でした。しかし、2018年頃から、自然災害は激甚化・多発化し、そして直近ではインフレもあり、この構図は大きく崩れ、単純に売上を伸ばしたとしても、利益が確保できない状態が続いています。

このように従来のやり方が通用しない時代になってきたにもかかわらず、経営は現場に昔と変わらずトップラインを求め続けました。その結果、営業のみならず保険金支払部門、本社まで、いわば会社全体で営業最優先という空気が生まれ、これが一連の問題を引き起こしてしまった大きな原因ではないかと私はとらえています。

私は海外での勤務も経験してきましたが、競合するグローバルの大手損保は、自社の強みやリスク許容度を反映した明確なリスクアペタイトを持っています。自分たちのリスクに対する考え方や積極的に販売する商品などを明確に社外に示し、それに基づいて商品の設計や営業戦略を立てています。日本の損害保険業界のビジネスのやり方、競争環境は世界から見ると非常に変わっているんです。

この日本の競争環境は海外の投資家から「ガラパゴス」とも言われながらも続いてきました。しかし、一連の問題を受け、社会からの信頼回復のためにも、ここで変わらなければならない。今変わらないと、私たちの未来はない。私は、それぐらいの強い覚悟を持って現在のCXOとしての業務を日々行っています。

石川 この1年、当社はお客さまや関係する皆さまから、多くのご指摘やお叱り、ご批判の声をいただきました。当社が、どのように変わっていくのかを社会全体が注目している、そう私はとらえています。当社こそが、先陣を切って変革を果たさなければなりません。そのための戦略がSJ-Rです。当局に提出した業務改善計画に最優先で取り組むだけでなく、これまでのビジネスモデルや仕事のやり方を大きく変革し、将来の厳しい環境においても当社が生き残っていくために「高いレジリエンス」と「独自性」を追求していきます。

SJ-Rを通じて目指すこと

石川 2024年4月から、「お客さまに、社会に、まっすぐ。」をスローガンにSJ-Rをスタートしています。

長年にわたる社員の共有体験の産物であるカルチャーを変革し、業界の構造的な問題から覚悟を持って脱却します。さらに、厳しい外部環境の変化により、低下した保険本業の収益力の改善を果たし、「新しい損保ジャパン」を実現することは簡単ではないと重々承知していますが、私を含む経営メンバーが、社内向けのネットワーク放送を通じて直接経営からのメッセージを発信することに加え、全国の社員とタウンホールミーティングを繰り返しながら現場の声に耳を傾けています。また、経営に直接ネガティブ情報を含む現場情報を届ける「どろたまBOX」という仕組みにも、2024年2月末の制度開始以降1,000件を超える情報が集まっています。こうした取組みを通じ、少しずつですが、変革への手応えを感じています。

田尻 損害保険業界は過去にも保険金支払い漏れ問題などを経験し、当社はその当時もカルチャー変革を掲げていましたが、今回の一連の事態を引き起こしたことを考えると、結果として十分ではありませんでした。それは、ビジネスモデルや仕事のやり方を根本的に変えなかったからだと私は考えています。

「カルチャーを変える」とだけ言っても、それが精神論で終わってしまうと本当に変わることは難しく、やはり、仕事のやり方・ビジネスモデルから変えていかないと本当に変わることはできません。

SJ-Rの「R」には、「Reborn(生まれ変わる)」の意味も込めています。変えるのはカルチャーだけでなく、ビジネスモデルや仕事のやり方から人事制度に至るまですべてです。そのために必要となるアクションプランを策定し、精緻化を進めているところです。リスク量、損害率、社費といった財務の領域から、品質を含むビジネスプロセス、企業文化、人的投資といった非財務の領域に至るまでKPI体系を設計しました。これによって営業部門も商品部門も、保険金支払部門の仕事のやり方、そして人事制度も含めて、すべてを新たに作り変えていきます。だから「Reborn」という意味を込めています。再発防止のための業務改善計画の実行は最重要であり、徹底的にやっていきますが、それと同時にビジネスモデルや仕事のやり方を変えて、根本から生まれ変わることが必要だと考えています。

石川 この変革の最終目標は、損保ジャパンのお客さまへの提供価値を高めることです。安定的に利益を出せるようレジリエンスを強化し、お客さまへの提供価値を高めるための投資をしっかり行い、働く社員にも株主にもしっかりと還元する。そのような循環を築くことで、他では得ることができないような損保ジャパン、SOMPOならではの独自性がある価値を創り上げ、それを適正な価格で、お客さまにお届けすること。これがSJ-Rの最終的なゴールです。

今回、変えることができなければ、また繰り返してしまうかもしれないという危機感を経営陣全員が共有しています。経営会議での議論にも少しずつではありますが変化を感じています。参加メンバーは、それぞれ自分の役員としての管掌領域を持っていますが、部分最適に陥ることなく、会社全体でどうあるべきか、根本的な課題は何なのか、今は苦しくても中長期的な視点でやるべきことは何か、といった議論が増えてきています。私もトップとして、このような議論をどんどん活性化させていきたいと考えています。

田尻 少し話題は変わりますが、当社のビジネスモデルは、リテール(個人分野)とコマーシャル(企業分野)で、特性が異なります。私は、両者で目指すべきビジネスモデルも異なると考えています。

リテールは補償内容でない部分での他社との差別化をいかにしてやっていくかが重要です。例えば保険に付帯しているサービスの独自性や利便性などがあります。これを自社でやっていくのか、あるいは外部のリソースを提携やM&A等により実装していくのかを見定めて、サービスの品質と範囲を広げていくことが重要と考えています。

またリテールでは、長年の課題ではありますが、営業部門と代理店との二重構造の問題についても、お互いの役割を見直し、それぞれの生産性や効率性を上げ、事故対応品質などお客さまへの提供価値を向上させていくための仕組みを導入していく必要があると考えています。

コマーシャルでは、高い専門性が鍵となっていきます。これまで、日本では欧米で主流であるブローカー制度が浸透してきませんでした。企業側も同様であり、欧米のようなリスクマネージャーを配置している企業は少ないのが現状です。しかし、今後、コマーシャルは、保険本来の価値で各社が勝負する環境になってきます。そうなると保険会社は、取引先のリスクを理解・分析し、最適なリスクソリューションを提供できる存在となることが求められるようになってくるでしょう。そもそも企業としても、何でも保険でヘッジすればよいわけではありません。これまでは私たちは保険の提供が主な役割でしたが、これからは、保険だけでなく、経済合理性を含めてリスクを保有したり低減したりするためのリスクマネジメントサービスもあわせて提案する必要があります。このような提案ができる専門性の高い人づくりが急務です。

しかし、これまでのような全社員を対象とする研修では、全体の底上げには寄与できますが、専門性を上げることは難しく、これはグループ全体に言えることでありますが、私は強い問題意識を持っています。そのためにグループで300億円の人材投資ファンドを設定しました。損保ジャパンの人材の大多数はゼネラリストであるため、10年、20年先を見据え専門性を高める人材育成計画を急ピッチで検討しています。また、専門性を高めていくには、人材育成だけでなく、人事制度や採用のあり方も含めて検討する必要があります。損保ジャパンについては、まずは専門性の強化に、このグループの人材投資ファンドを活用していく方針です。

SJ-Rの成功の鍵

石川 SJ-Rを成功させるために最も重要なことは、社員全員が環境の変化と当社の現状を正しく認識することと考えています。正しく認識できなければ、どう変わるべきかがわかりませんし、本気で取り組むことにならないからです。

私たち経営陣は、環境変化や当社の現状、そして変革の必要性について徹底的に議論を重ね、理解を深めてきました。それを今度は社員全員に真に理解してもらい、腹落ちしてもらうまで、何度も繰り返して伝えていきたいと思います。

経営陣と社員の間にある、情報の非対称性を極力なくしていくことが大切であると考えており、7月には「SJ-Rダッシュボード」をリリースしました。現場第一線の皆さんと経営陣が、同じデータを共有しながら一体となってSJ-Rを推進していくことが、損保ジャパンの新しい強みになると考えています。

田尻 経営陣・本社部門と保険金支払部門や営業部門といった現場がいかに一体となり、SJ-Rを実行していけるかということも重要です。経営陣や本社部門が考え、それを現場の社員に指示し、現場の社員が実行するという形では、この大きな変革は完遂できないと思っています。本社から現場まですべての社員が、正しい認識に基づいて、「何をすべきか」を自ら理解・納得し、自ら考えて、自ら走り、さらに自ら進化していくことが何より重要です。

SJ-Rのプランは、本社部門だけでなく、現場の社員にも入ってもらって策定しましたが、私はまだ現時点では50点の完成度だと言っています。社員全員がゴールを共有できて、それぞれの立場で何が必要なのかを考え、自ら実行していくことで、これを70点、100点にしていかなければならないと思っています。

今後に向けた決意

石川 変革には痛みが伴うため、総論は賛成でも各論では反対という場面は必ず出てきます。しかし、私はトップとして、このSJ-Rを完遂しないかぎり、当社に明るい未来はないという強い覚悟のもと、ぶれることなく、時には厳しい選択も辞さず、この大きな変革に取り組んでいきます。

損保ジャパンが「他の会社とは違う」と感じていただける独自性ある優れた価値をお客さまに提供できる存在となり、社長就任から繰り返し言い続けていますが、当社で働く社員やその家族が誇りを感じられる、そのような「新しい損保ジャパン」を必ず実現していきます。

田尻 私も損保ジャパンのトランスフォーメーションの責任者として、社員全員が一体となり取り組んでいけるよう、このSJ-Rを最後までやり遂げる覚悟です。

グループ全体を見る立場として、SOMPOインターナショナルでの成功モデルやノウハウを損保ジャパンにもしっかりと組み込んでいけないかと考えています。彼らはコマーシャル分野における専門性とコンシューマー分野における先進的なノウハウを持っています。例えばトルコの子会社では、インフレや為替などのさまざまな市況をウォッチしてそれらが自社の自動車保険金支払いにどの程度影響するかを分析し、レートに反映するプロセスを週単位でまわしています。こういったグループのベストプラクティスを学び合うことも非常に重要であり、こちらはHDの役員としての立場でサポートをしていきます。SJ-Rにおける保険金支払部門の変革では、早速このトルコの子会社の取組みが非常に参考になったと聞いていますので、こうした取組みをどんどん広げていきます。ぜひ期待してください。

SJ-RのKPI体系

SJ-Rは、財務に直接的につながる収益基盤と、中長期的に財務のドライバーとなる事業基盤の両輪からなります。それぞれのアクションプランとKPIを定め、同時に遂行していくことで根本から変革し、高い独自性とレジリエンスを誇りとする「新しい損保ジャパン」を目指します。

* 指標は2024年7月時点のものであり、順次更新予定。