統合レポート2024(オンライン版)
社外取締役鼎談 信頼回復に向けたカルチャー変革

グループCHRO
原 伸一
社外取締役
指名委員会委員・報酬委員会委員
遠藤 功
損害保険ジャパン
CCuO・CHRO
(カルチャー変革・人事担当)
酒井 香世子
一連の問題の根底にある課題は何か
原 もともとの雇用体系が終身雇用。「同じ釜の飯を食う」経験をした人が中心の、同質的な組織になっていました。長い時間をかけて私たちの同質化が進んだ結果、言わなくてもわかる、秩序を乱してはいけないという空気が組織の中で生まれ、一つの大きなムラのようになってきたのだと思います。同質の人が集まったムラになると、そのなかで上の人にモノを言うと損をすると考えるようになります。本来は何かを目指して事業を立ち上げたはずなのに、その目的を見失い、そのムラのなかでよく思われ高い地位を得ることや、自分たちのムラを富ませることが目的化していきます。そして、お客さまに価値を提供するために存在しているという意識が希薄化します。こうしたことをひっくるめて、私たちの同質性が一連の問題の根底にあると思っています。
酒井 損害保険会社への期待は公共性や公正性を伴って社会を支えることです。それにもかかわらず不適切な行為で社会から大きな批判を受けることになり、お客さまや関係者の皆さまに多大なご迷惑とご心配をおかけした点を深く反省しています。真因という意味では、ガバナンス上の課題も大きいですが、やはり、「すべてをお客さまの立場で考え、行動する」という基本行動ができていなかったのだと思います。
自分たちの常識が世の中のそれに照らした時にアップデートできていませんでした。業界の構造的な課題も大きいと思います。私たちは2006年に業務停止を受け、その時もお客さまに向き合おうとやってきましたが、実はそこにはらんでいる業界自体の制度疲労にきちんと向き合ってこられていませんでした。
遠藤 グループ全体で考えたときに、今までの保険会社から生まれ変わることを目指して、介護やデジタルなど、多様性を求めて新しいSOMPOを生み出そうとチャレンジをしてきたことは間違っていないし、その方向性は信じてよいと思います。
しかし、経営がやろうとしていることと社員との間にいつの間にかギャップや距離が生まれ社員がついてこられなくなってしまった。HDが明確な方向性を示し、大きく曲がろうとしたが曲がりきれない、そもそも何のために曲がるかの理解が足りない、また曲がりたくない人もいて、さまざまな軋轢が出て、問題が噴出した。グループ全体としてコミュニケーションが足りず、ギャップが拡大し、社員が置き去りとなり、お客さまを裏切ることにつながった。それがHDからみたときの一番大きな問題である気がします。事業会社は課題を抱えており、例えば酒井さんのおっしゃった構造的な問題などもあり簡単には変われなかったわけですが、HDはそれぞれの会社に寄り添えていたのか。もう少し丁寧に、事業の課題に寄り添って変革を進めなければならなかった。チェンジマネジメントができていなかったのだと思います。今はまさに大きなターニングポイントであり、さまざまな課題があるなかで、本当に舵を切っていけるのかが、試されていると思います。
グループ間のギャップをどのように解消していくか
原 これまでは、グループが目指すパーパスとして「安心・安全・健康のテーマパーク」を掲げていました。一方で、海外の社員を中心に「“テーマパーク”がわかりづらい」という声がありました。こういった声を受け、1年半前から見直しに動き出した矢先に、一連の問題が顕在化しました。
そうしたなかでパーパスの再言語化とともに、すべての役員・社員の行動様式の前提として皆が大切にする価値観や行動のバックストップといったものも、しっかりとグループとして掲げなければならないと思い至りました。
パーパスの再言語化においては、さまざまなステップを踏みました。当然経営陣でも何度も議論しましたし、グループ内の社員を対象にワークショップを開催したり、損保ジャパンの社員と対話したりを繰り返し、最終的にやはり「安心・安全・健康」は私たちグループが目指す姿として正しいという合意に至りました。そして保険だけにとどまらないグループの強みを活かしながら、未来を切り拓いていくという決意も込めて、「“安心・安全・健康”であふれる未来へ」としました。
また、パーパスを掲げるだけでは、大切にすべきものが行動に落しこまれなかったという反省もふまえ、役員・社員が具体的に判断し行動する際の拠り所として「SOMPOの価値観」を新設しました。これについても、同様にさまざまな議論やワークショップ、経営会議を経て、「誠実」「自律」「多様性」の3つを定めるに至りました。
「誠実」は社会や人に対して正しいことをしようと道徳心、誠意を持って正しく対応できているのか、「お天道様は見ている」ということを表現しています。人に見られていなくても胸を張って、それが恥ずかしくない行動としてできているか、ということがこの「誠実」という言葉に込めた想いです。
それから、「自律」。元々、MYパーパスの取組みのなかで、「自分はどうなりたいのか」、「どのような仕事をしたいのか」、「自分のあり方を考えてみよう」ということをやってきました。それだけではなく、前例にとらわれず問題点などを自分で考え、そして自ら挑む、という私たちが強みとして持っていたチャレンジ精神や進取の気性といったものをもう一度思い出し、実践しようというのがこの「自律」です。今回、顕在化した問題を通じ、私たちは、集団として考えることをやめてしまっていたとあらためて感じています。
そして三つ目に「多様性」をあげています。ジェンダー、年齢、国籍、障害の有無といった点がよく言及されますが、そういった意味だけではなく、価値観や意見の多様性が重要だと思っています。これまではムラのなかで穏便に済ませるために自分が正しいと思ってもそれを口に出さないことが、ある意味では尊ばれてきたわけですが、これからはそうではなく、多様な人の意見をしっかりと聞く、しっかりと対話をする、そして尊重し尊敬する。こういったマインドセットが重要になってくると思います。そうすることで、社員が思ったことを素直に口にできる、そしてみんながそれを聞く、というカルチャーに変わっていくと思っています。
今後、これらの実効性を高めるため、「SOMPOの価値観」の評価・登用基準への反映など、人事制度を変え、仕組みとしても取り入れていきたいと考えています。
酒井 損保ジャパンでは「SJ-R」として当社のビジネスモデルそのもの、事業基盤と収益基盤の抜本的な変革を行っています。これに伴い、昨年度後半から約50人の社員代表のワーキンググループなどを中心にHDとも連携しながら「新しい損保ジャパンをどのような会社にしていくか」という根本的な議論をしてきました。また、今年度に入ってからは、全国でタウンホールミーティングを開催し、社員との対話を深めています。11月を目処に新しい価値基準を策定する予定ですが、引き続きしっかりと社員の声を聴き、その対話のプロセスも開示しながら全社員で作り上げていきたいと思います。
さきほど原さんから話があった「誠実」「自律」「多様性」というキーワードは、多くの社員から「大切にしたい」という声が出ています。HDと損保ジャパン双方の価値基準の関係を整理しながら、ギャップを丁寧に埋め、思いを伝えていくことが重要です。誰かが決めたものではなく、自分もその議論に参加したと実感できるような進め方やそれが当たり前となる風土にしていきたいと思います。

遠藤 損保ジャパンが変わることはSOMPOグループが変わることだと思います。損保ジャパンのカルチャー変革の取組みはSOMPOグループ全体が変われるかどうかの一丁目一番地であり、損保ジャパンが変われなかったらグループの未来はありません。HDも一緒になって変わっていくべきと思います。それくらい大きなインパクトのある取組みであり、難易度が高いという意識を持たなければならないと思っています。
原 その意味では、まず役員から変わらなければならないと思います。持株会社制に移行してから十数年、HDと損保ジャパンとの間で徐々に対話が失われてきました。役員同士の対話が減り、それが部長や課長に伝播し、最終的に全社に広がってしまったと感じます。そこで、両社のコミュニケーションを活性化する方策について、さまざまな工夫を始めました。その一つが役員のフロア同居です。両社の役員が一ヶ所の大部屋に同居することにしたのです。奥村さんと石川さんも同じフロアで全面ガラス張り。二人にはいつでも声をかけることができます。役員同士の会話も増えてきました。また、今年4月からは両社の役員や部長の兼務も始めました。このように、両社が対峙するのではなく、同じ方向を向くことが大切だと思っています。
カルチャー変革の要諦
酒井 今は、お客さまからも社会からも「損保ジャパンは変わるべきだ」と背中を押していただいていますので、しっかりと社外の声を受け止めて、もう一度再生しようと動き始めています。まず「経営陣の行動を変える」ということでタウンホールミーティングをスタートしました。7月末までに石川さんをはじめとする本社の役員で158部店中、雹災の影響で開催延期となった1部店を除き、157部店を訪問しました。また、各地区の営業担当、保険金サービス担当役員も精力的にタウンホールミーティングを実施し社員との対話を深めています。
遠藤 社員との対話はとても大切であり、石川さん、酒井さんをはじめとした役員の皆さんが精力的に動いていますね。カルチャーを変えるにはこのようなトップダウンだけではなく、社員一人ひとりの意識改革と行動変容がボトムアップで起きてこなければなりません。社員一人ひとりが主体的に、意識を変える、行動や発言を変えるということが生まれてくる。たとえ小さくてもそれが新しい土壌を作っていきます。そういうものを引き出す仕掛けを考え、よい取組みをみんなで発信し、共有し、称賛する。そのような運動にしていかなければならないと思います。これらをどのようにして粘り強くやっていけるかが変革の鍵になると思います。そのような意識を持ち、すでに動いてくれている社員が損保ジャパンにもいるはずです。重要なのは、その輪をどうやって広げていくのかです。よいカルチャーは与えられるものではありません。自分たちで作っていくということに気づき、行動する社員の輪が広がると、カルチャーは大きく変わっていきます。
酒井 実際に対話をすると「自分たちも変わらなければならない」あるいは「小さい一歩でもやってみようと思った」と言ってくれる社員が確実に増えている実感があります。私はカルチャー変革の担当役員ですが、担当役員を配置しただけでカルチャーが変わるということは絶対にありません。まず、経営陣が行動を変える、そして、相手の声に耳を傾ける「対話」から始まり、それを認め「ありがとう」と言い合える「承認」が重要です。加えて、社会の変化にあわせてさまざまな「学び」を得て専門性を高めていくことが必要であり、その基盤となるのが「多様性:DEI」であると話をして回っています。
遠藤 私は「オープンアイズ」、「フレッシュアイズ」とよく言っています。「オープンアイズ」で、目を開けて外の世界を見ると、世の中はこんなに変わっているということに気づきますし、変わっていけると思います。そして、新卒社員やキャリア採用者、他事業の社員などの「フレッシュアイズ」で見たら、よいところも悪いところも見えてきますし、現場に「フレッシュアイズ」を入れていかないと、どんどん同質化してしまいます。
このオープンアイズとフレッシュアイズの要素をどのように組織の中に入れていくのかが、重要となります。当社グループは、これだけ多様な事業があって、拠点があって、人材がいる、これらを混ぜるのです。損保ジャパンのなかで、そしてグループ全体で、横の移動をどんどん仕掛けて混ぜていくと、淀んだ空気から新しい空気に変わっていき、カルチャーの変革につながっていきます。このような横のつながりを作っていくのはとても大事なことであり、教育に加えて、もっと交流やコミュニケーションに投資することを考えてもよいと思います。
酒井 オープンアイズ、フレッシュアイズ、本当に大切ですよね。以前ある方に「今の時代は“まぜるな危険”ではなく、“まぜなきゃ危険”ですよ」といわれたことを思い出しました。多様性こそが持続的成長の鍵となります。損保ジャパンでも、地方勤務の方が本社部門の仕事を経験できる「リモートジョブチャレンジ制度」や「メンター制度」、ERGと呼ばれる社員のボトムアップ活動などを通じて「まぜる」を実践しています。
また、若い社員が思っていることを潰さないマネジメントもすごく大事だと思っています。上司が「やってみたら?応援するよ」と部下の背中を押せるよう、マネジメント研修も内容を刷新し、自走する組織にするための気づきを与えています。

原 今年度、人材投資のファンドとして300億円を確保しました。まさにこれをどう使うかだと思っています。もちろんeラーニングや研修の充実も必要ですが、やはり経験や交流が重要だと思います。社外や社内の別の部署での他流試合など、さまざまな経験を積む、そして交流する機会をしっかりと確保したいと思っています。
また、事業の垣根を超えた人材交流にチャレンジしていきたいと思っており、人材ラウンドテーブルという仕組みを始めました。これは、専門分野ごとに設定する、言わば人材戦略会議でして、グループCxOや各社CxOにより構成されます。その分野の人材・組織をグループ全体として強化するための方策を議論し、育成プログラムやグループ横断でのアサインメントにつなげていきます。この取組みは、社員からみても、ある分野で専門性を磨きキャリアアップする機会がグループ内で得られるという意味で、画期的だと思います。
酒井 グローバルで成長するためには、保険の専門性、具体的にはリスクマネジメントやアンダーライティングに関する知識向上に向けた投資も必要です。あわせて今後バックオフィスの集中化やAIの活用がさらに進む中、付加価値を生む仕事とは何かをしっかりと考えていく必要があります。社会価値創造にチャレンジしたいと考える若手社員も増えていますし、自治体や他企業と協働し、地域でエコシステムを構築するためのノウハウなど、社員が新たな価値を生み出すためのリカレント教育も実施していきたいと思っています。
遠藤 確かに地域でできることはまだあるはずです。私が顧問を務めている会社では、地域の支店ごとに、それぞれの独自性、地域性を加味しながら、業績ではない「自分たちならではの価値」を自ら考え、定めて取り組んでいます。数字の比較ばかりで、横並びのランキングだけを見るのではなく、地域ごとに自分たちの強みを認識して、何だったらNo.1になれるかを考え行動をし始めると、組織全体の雰囲気は良くなっていきます。
相対価値のゲームがもう限界であり、絶対価値を見出していかなければならない。これなら負けないというものを見出し、それを尊重していかないと、相対価値や数字だけでは現場は疲弊します。
酒井 グループ横断で実施している「SOMPOアワード」もそのようなことかもしれないですね。事業会社にとってトップラインは大事ですが、それだけではなく地域や社会にどう認められるか、損保ジャパンでもそのような軸を作ろうとしています。
原 その絶対価値を追求していくのが「SOMPOの価値観」でいう「自律」です。つまり自分が何に貢献できるのかを考えることであり、それは「多様性」に結びついていきます。相対的な優劣ではなく、価値創造できるところでお互いに頑張れば、それは専門性になります。グループとしてそういったところに、しっかりお金を使っていかなければならないと思います。
遠藤 社員が自分の価値に気づくために会社が投資していくことが必要ですし、それが社員と会社との絆になります。Googleが10年くらい前から盛んに「Belonging」と言っています。彼らは社員が組織に対する帰属意識を持つはずがなく、だから会社が帰属意識を生み出すべきと考えています。日本では帰属意識を持つのは当たり前と思い込んでいてそこに対する意識が希薄です。
帰属意識というのは、社員と会社が互いに利害関係・信頼関係を持つ対等でフラットな関係であり、そこにはリスペクトが存在します。
原 日本の組織において「帰属意識」とは、これまで残念ながら「滅私奉公」でした。一方、遠藤さんのおっしゃる、あるべき帰属意識はこれとは全く異なり、社員が自分の意思で、いかに価値を生み出し組織・社会に貢献していくか、ということですね。
会社も社員を、社員も会社をリスペクトする。その原動力となるのが「MYパーパス」だと思っています。「MYパーパス」は、何をしたいか、どうやって会社に貢献し、どうやって世の中に貢献したいのかを自分で考えて作り上げるものです。「MYパーパス」によって始まった他者との対話は、相手をリスペクトするDEI(Diversity, Equity & Inclusion)実践のきっかけとなります。そして、最終的には利他の精神や愛社精神、ひいては自分自身のキャリア形成にもつながります。

酒井 損保ジャパンでも、まさに帰属意識が重要ということで、「この会社に居続けたいか」「誇りを持って働いているか」という選択的在職意向のデータで相関を見たいと思っています。これで現場の元気度やカルチャー変革の進度を把握できないかトライしようと思っています。
遠藤 それに加えて、ボトムアップでのムーブメントがどれほど広がっているのか、小さくてもいいから主体的な活動や提案がどれほど生まれているのかといったエピソードや生きた事例を吸い上げていくことも有効です。数字の裏にある本質、つまり、自分で変えようとしている社員がいて、彼らがどういう行動を起こすのかという実体が重要なのです。これらが積み重なれば数字は良くなっているはずです。
また、自分が変われば職場が変わる、職場が変われば会社が変わる。ここが重要な点だと思います。このつながりをどう社員に示していくか。会社が変わるのを期待するのではなく、「あなたが変われば会社も変えられる」ということを示せれば、損保ジャパンは真面目で優秀な社員がたくさんいるので、絶対に良い会社になれるはずです。
カルチャー変革に向けた決意
原 すべては一人ひとりの意識や行動が起点であり、それが組織の変革へつながると私も思います。その一人ひとりの「変わりたい」という気持ちをどう引き出し行動に結びつけていくかを、経営として問われていると思います。不退転の決意で取り組んでいきます。
酒井 遠藤さんから「損保ジャパンは絶対よい会社になれる」といっていただけて心強いです。一人ひとりの社員を尊重し、社員全員が「ワクワク」と「やりがい」を感じながら生き生きと働いている、それは突き詰めるとお客さまに持続的によいサービスを提供することにつながります。このような損保ジャパンを実現するために覚悟を持って取り組んでいきます。