統合レポート2024(オンライン版)
社外取締役対談 信頼回復に向けて

社外取締役
監査委員会委員長
柴田 美鈴
損害保険ジャパン 代表取締役社長/
SOMPOホールディングス 国内損害保険事業CEO
石川 耕治
信頼回復に向けたトップとしての役割
石川 昨年度発生した自動車保険金不正請求や保険料調整行為の問題には複合的な要因があります。お客さまが損害保険会社に当然に期待している公平性、公共性に対する意識や、損害保険会社として最も大切な社会的使命を私たちが見失ってしまっていたと総括しています。残念ながら、この社会的使命よりも、トップラインやマーケットシェアを優先するカルチャーが存在していたことが真因の一つであったと考えています。
一連の問題に対する業務改善命令および社外調査委員会からの提言のなかでも、このカルチャーは変えなければならない、変えなければ未来はないとまで、大変厳しく指摘されました。企業で働く人の長年の経験の積み重ねであるカルチャーを変えることは簡単なことではありませんが、私は会社が生まれ変わる最後の機会をいただいたと考えています。正しいことを正しく実践して、社員を含むすべてのステークホルダーの期待に応えられるような会社にしていきたいと思います。私たちが果たしたい究極の目的は、お客さまに、「損保ジャパンでよかった」とおっしゃっていただくことです。損保ジャパンがしっかり信頼を回復すれば、SOMPOグループ全体のお客さまから「SOMPOでよかった」と言っていただけるはずです。SOMPOのブランドを、もう一度皆さまからの期待に応えられるようなブランドにしていくためには、まず私たち損保ジャパンが、失ってしまった信頼を取り戻していくことが非常に重要です。
信頼回復に向けた私自身の役割を申しあげますと、まずは業務改善計画を責任を持ってやり遂げることですが、先ほどお話ししたカルチャーを変えていくうえで、トップの役割は大変重要です。これまでの長い歴史のなかでできあがった企業風土・カルチャーを変えるため、トップとしての相当な覚悟が必要です。現状を打破する仕組みをどこまで損保ジャパンのなかに作れるか。その仕組みを作ることこそが、私の仕事であり、絶対に後戻りしないという宣言をし、トップとしての覚悟を示すことは社長にしかできないことだと強く認識しています。
対話こそが変革の鍵
石川 損保ジャパンは、極端に申しあげると今までは、本社で決めたことを全国の部店がしっかりやっていくという仕組みで回っていました。私はこのあり方を変え、現場との対話を重視していきたいと考えています。現場にはさまざまな課題があります。お客さまに提供するソリューションも、現場と本社の社員が対話しながら決め、一体感を持って実行していく。それが新しい損保ジャパンが目指していくやり方です。
私を含む本社役員によるタウンホールミーティングを7月末までに全国の158部店中、雹災の事故対応のある1部店を除く157部店で終えました。一連の問題に対して、役員としての反省とともに、これからの新しい損保ジャパンを経営陣が生の声で語り、それに対して全国の現場の社員から、いろいろな意見をいただいています。最初は経営に対する不信や不満の声が多かったのですが、今は「損保ジャパンを良い会社にしよう」という声や、「損保ジャパンを真に顧客本位の会社に再生するチャンスである」という声もたくさん出てきています。
全国でタウンホールミーティングをしているなかで感じたのは、現場の支店長や部長、課支社長たちがどのように自身の想いを伝えているのかによって、そこにいる社員の反応や変化のスピードに違いがあるということです。現場の社員は、損保ジャパンという会社を、私や本社役員でなく、支店長や部長から感じているということです。第一線のリーダーが「こういう会社になっていこうよ」と自分の言葉で何度も語っている職場に行くと、やはり雰囲気が違います。それはタウンホールミーティング会場の扉を開けた瞬間にわかります。私は現場と経営の一体感を大切にしていきたいと話していますが、この一体感は支店長や部長、課支社長といった各現場のリーダーたちとの一体感でもあります。現場のリーダーたちが、自分で考えて、自らの言葉で対話し、現場起点の変革を進めていく。これが損保ジャパン再生のストーリーです。

柴田 一連の問題が起こる前からもタウンホールミーティングは実施されていました。ただ、これまでは、実施にあたって現場が準備を周到に行い、各部署の代表者がシナリオを持って参加するようなスタイルもあったとのことで、昨年度に参加した経営執行会議のなかで、そのようなやり方を変えなければならないのではないか、との指摘・議論があったことが、とても印象に残っています。そのような率直な指摘が会議の場でなされるのを聞いたとき、まず経営層の皆さんの考えや対応が変わってきたのだ、と感じましたが、現在、タウンホールミーティングの手応えなどは変わってきているのでしょうか。
石川 従来はイベント的な要素も強かったのですが、タウンホールミーティングは現場と経営の本音での意見交換や対話であるべきと思います。現場にはお客さま対応をしているうえでの思いや考えがありますので、経営陣が一方的に経営方針を伝えるのではなく、タウンホールミーティングを通じて意見をぶつけ合い、対話をすることが重要です。本音で語り合うことが本当のタウンホールミーティングだと思いますので、開催方法などもさまざまな工夫を行っています。
柴田 日々社会が変わっていくなかで、コンプライアンスのあり方や考え方も変遷していき、従来はそこまで注目されなかったことがニュースとなり目にすることも多くなりました。また、SOMPOがパーパスとして企業の存在意義を説いてきたことに照らしても、損保ジャパンの社員のなかにも、一連の問題のなかの各事象に対して「これっておかしいのでは?」と感じていた人がいたのだと思います。しかし、先ほど石川さんがお話しされていたとおり、本社で決めたことを全国の部店がしっかり取り組むという仕組みができあがっていて、その慣行で長くやってきたので、「やっぱりおかしくないのかな」と一定の正当化ができてしまったり、「声を上げないほうが無難か」と思ってしまったりする人がいたのかもしれません。しかし、今回、一連の問題に直面し、やっぱり「自分たちの感覚が正しかった」、「おかしいと思っていたのは正しかった」と感じたのではないでしょうか。
石川 例えば自動車保険金不正請求問題においても、おかしいと感じた社員がいたとしても、その情報が上に伝わらない風通しの悪さがありました。おかしいなと感じた情報が早く経営に上がる仕組みを作らなければならないと思い、私が社長に就任し、すぐにつくったのが「どろたまBOX」*という仕組みです。これは、現場の社員から経営陣に直接、泥のついたたまねぎ、つまり良くない情報を届ける仕組みです。2024年2月末の創設から7月時点で、1,000件以上の声が集まっていますが、この1,000件の中には、これまで経営陣が認識できなかったことが沢山含まれており、私たちが直視すべき現実です。レポートラインを通じて現場に報告を求めると、どうしてもその過程で泥が落とされ、当たり障りのないきれいな情報になってしまいがちです。その情報で経営判断をすると、誤った判断につながる可能性があります。そこで、現場のありのままの実態を正確に把握したうえで経営判断をするために、この仕組みをつくりました。
同じ過ちを繰り返さないために
柴田 HDの監査委員会でも、一連の問題が発生する前から、監査活動を通じて各種問題事案の真因や損保ジャパンとの情報伝達の課題などについて議論し、「それはおかしいのではないか」と言える文化が足りない、悪い情報が上がりにくいのではないかという意見が出ていました。悪い情報こそ上げる仕組み、そしてそれが評価される仕組み・文化が、今一番必要だと思います。答えを持ってなくても違和感を口に出せるというのが大事です。併せて、社員が持ったおかしいという違和感を確信に変えられる、具体的な事例をふまえた教育も重要だと思います。
また、第一線の営業が強いというのは、どこの企業にも一定程度あることかもしれませんが、リスク管理や法務・コンプライアンスといった第二線・第三線の管理セクションの存在感やそれらのセクションに対するリスペクトが、もっと社内にあったほうが良いと思います。思い切りアクセルを踏むには、いざというときに絶対に効くブレーキや、スピードを出してもブレない柱の存在、そして、それらが確実にあるという認識が必要となります。そこを担うのが第二線・第三線であり、会社にとって非常に重要であるという意識がもっとあるべきだと思います。ぜひ石川さんや執行の皆さんも、これらのセクションをどんどん活用し、意見交換をし、コミュニケーションをとっていただきたいです。
石川 今私がイメージしている第二線・第三線は、大手自動車メーカーさんが製造ラインで問題の予兆を察知したときにラインを停止させる「アンドン」のようなものです。メーカーさんではラインでいつもと何か違う、これは良くない状況だという予兆を把握したときには、ラインを止めるアンドンを引きます。その際に工場長の許可などはとりません。アンドンを引いてラインを止めて、総点検をして、問題がないと確認ができてから再度ラインを動かすという仕組みが取られています。この仕組みが当社にはありませんでした。けん制の役割を期待された社員が、その役割を果たそうとすると、いろいろな人に許可を得る必要があり、その間に業務はどんどん回り、問題が具体的に発生するまで止まらないという状況でした。
今後、現状維持バイアスの呪縛から脱し、量(トップライン)ではなく質(品質)で勝負していくためには、けん制機能であるコンプライアンス、内部統制の重要性が高まります。したがって、さまざまな社員に第二線・第三線のキャリアを積んでもらいたいと考えますし、将来経営を担う社員には必ず経験していただくような人事運用や人材育成プランも考えていきます。こうして、第二線・第三線経験を有する社員が育ち、アンドンを引いてくれる人を大切にし、意見を聞くようなカルチャーに変わっていけば、良くない予兆を把握したときには、自律的に機能する組織になると考えています。
また、一度決めた経営方針をトップが変わってもブレずにつないでいくために、経営をチームで引き継いでいくことが重要だと考えています。強力な経営トップがリードしていくのではなく、多様性あるチームで機能し続けていくほうが、変化の激しい時代には合致していると思っています。また、経営トップが交代したらすべてが元に戻ってしまうことも回避しなければなりません。特に業務改善計画に取り組んでいる損保ジャパンは、多様性のある経営チームによって、後戻りしないようにすることが重要であると考えています。
柴田 本当にそう思います。チームとして方針を受け継いで、大切な芯の部分は変えないながらも必要な新陳代謝はしていく、そういった一定の長いスパンを覚悟して取り組まないと、企業文化はそう簡単には変わらないと思います。
業務改善計画

石川 業務改善計画は、まだ緒に就いたばかりではありますが、少しずつ手応えを感じながら進めています。もう一度会社を作り直そうという思いで「SJ-R」というプロジェクトを作り、業務改善計画に取り組んでいます。タウンホールミーティングでも、参加している社員からこれまでとはずいぶん違うと感じているという声も多く聞こえてきますし、自分たち自身も変革に取り組みたい、という気持ちになってくれています。現場と経営の距離感をもっと縮めて一体感を持って「SJ-R」に取り組めば、必ずより良い会社になれます。
変革の一番の手応えは、このような現場の変化ですが、ガバナンス体制を変更したことも非常に大きいと感じています。監査等委員会を設置し、HD兼任の取締役を置き、社外監査役であった方が取締役になったことで、取締役会の雰囲気は大きく変わりました。社外取締役の皆さんには今までは監査役としてミッションを担っていただきましたが、一連の問題があったこともあり、説明する私たち執行側とともに双方の認識が変わったのではと感じます。現在は、社外取締役として、かなり深い議論の中でご意見をいただいており、「私はこう思うが、なぜやらないのか」といった積極的なコミュニケーションも増えてきています。また、HDとの兼任の取締役の設置や、HD取締役会における説明責任の実行によってHD社外取締役の皆さんとの距離も近づき、グループ経営の仕組みも一体感が増していると感じています。
そのほか、CCuO(カルチャーオフィサー)やその専門チーム(カルチャー変革推進部)、CQO(クオリティオフィサー)や品質管理委員会などの新たな役職や枠組みを設置するなど、仕組みも整えてきました。あわせて人事評価制度を変更することによって、カルチャー変革や業務品質の向上を担保したいと思います。こうした新たな取組みについては、第三者あるいは社外取締役の皆さんの目線も入れて進めていきます。
業務改善計画の着実な実行によって、お客さま、社会からの信頼を回復し、「損保ジャパンでよかった」と言ってもらえる会社に変わっていけるよう、私を含む経営陣が一丸となって力を尽くしていきます。
柴田 業務改善計画への取組みはまだ始まったばかりで評価はこれからですが、現時点で言えば、経営層の皆さんがいわゆる忖度のない活発な意見交換をしている、するようになった、という点は評価していますし、奥村さんや石川さんの覚悟や危機感、本当に最後のチャンスだ、という発言が、あらゆるトピックスにおいてなされることにも、変わってきたな、動いているなと感じています。
今後、業務改善計画への取組みにおいて課題にぶつかることがあると思いますが、絶対に、改善計画の進捗報告のために表面的に課題を潰していくだけ、となってしまってはいけないと考えています。目標がトップライン達成から業務改善計画のチェックボックスを塗り潰すことに替わるのでは意味がありません。一つひとつの取組みを何のためにやるのか、再生や改革の趣旨に沿って進められているのかが重要であり、監査委員会としても、そこをしっかりと見ていきたいと思っています。
石川 すでに業務改善計画として多くの施策を出し、8割以上の項目で取組みを開始しています。中期経営計画のこれから3年間で、柴田さんがおっしゃるような進捗をチェックしていくことだけに終始するような会社になった瞬間に、社会から期待される会社ではなくなってしまうと思っています。また、チェックボックスを塗り潰すために一生懸命取り組むだけでは、楽しさや仕事に対する誇りはありません。重要なのは、「私たちは何のために存在するのか」、つまりパーパスです。これをもう一度しっかりと根付かせ、「“安心・安全・健康”であふれる未来へ」というグループのパーパスを実現するために、損保ジャパンは何をしていくのか、というところまで落とし込んでいきます。全社員との対話をふまえ、損保ジャパンの目指す姿や新たな価値基準を11月の「振り返りの日」*までに決めようと取り組んでいます。
今後に向けて
石川 変革を進める過程で、まだ膿が出てくるかもしれません。それはこれまでの損保ジャパンが、過去の価値観で作ってきてしまったものであったり、業界慣習として抱えてきた課題であったりもします。今はとにかく徹底的に膿を出し、あの会社は誠実で透明性のある会社だと言われるようにしていかなければならない。膿を出すこと、膿が出てくることは、損保ジャパンが良くなっていくために必要なプロセスであるというメッセージを経営として出していきます。膿を出し切り、変革を確実なものにしていきます。
先ほども申しあげましたが、お客さまから「損保ジャパンでよかった」と言われる、社員が誇りを持って働ける会社になることが、究極の目標です。今回、金融庁の有識者会議でも指摘されたように代理店との関係も再構築していく必要があります。価値観をともにするパートナーとして一緒に日本経済、国民生活を支えていく損害保険会社の社会的責任を果たすことは、私たちのミッション・存在意義ですので、代理店とともにそれに応えられる会社にしていきたいと思っています。
柴田 最後に3点お伝えしたいと思います。まず、石川さんには、「ここまでやったか、損保ジャパン」と言われるくらいに、膿を出しきることを徹底的にやっていただきたいと思っています。トップとしての強い意志を発信されていますが、経営層同士、社外役員、中間や現場のリーダー層、前線の社員、あらゆる層との対話をし、多様な経験値と視点で意見交換することで気づきや刺激を得て、何に共感できて、何に違和感があるのか確認しながら、あらゆる層と意志を共有していただきたい、また、今後計画が進み課題も生じていくなかで検証しながら対話を継続していただきたい、というのが1点目です。
2点目は、損保ジャパンが信頼回復のために進んでいくなかで、損保ジャパンだけがとにかく頑張らなきゃと肩肘を張るのではなく、ぜひグループの力を取り入れて進めていただきたいということです。SOMPOケアに対するお客さまからの信頼感や、損保ジャパンが動こうとしたときに必要なオペレーション面などですぐに対応してくれるデジタルチーム、グローバルでの保険の知見や専門人材を有するSOMPOインターナショナルなど、グループとして、とても良い財産を多く持っているので、ぜひグループ内の各社が双方向で活用し、貢献しあえると良いと思います。
3点目は、一連の問題については損害保険業界としての信頼回復が求められると思っており、損保ジャパンにはその業界の変革をリードする強い存在感を出していただきたいと思います。簡単ではありませんが業界の変革を成し遂げられたら、そこから得られるもの、つまり社会やお客さまからの信頼は大きなものであると思いますし、社員の皆さんも自分の会社に誇りを持てると思います。今は業界としての歴史的な転換期だと思いますが、今の取組みを後から振り返ったときに、保険業界の歴史に遺せるようにしていただきたいです。今、そのチャンスを与えられていると思っています。
石川 一連の事態からの再生に向けた検討を通じて、あらためてグループの持つリソースやノウハウを再認識しています。これらをもっと有機的に連携できれば、もっと違う次元に行けるグループだと感じています。
例えば、現物給付サービスである介護事業を営んでいることはSOMPOならではの強みです。損保ジャパンが信頼を回復し、お客さまにグループの価値を伝えることができれば、2,000万人を超える損保ジャパンのお客さまにSOMPOのファンになっていただけます。ウェルビーイング事業のSOMPOひまわり生命やSOMPOケアに損保ジャパンのお客さまをつなげていく、グループが目指している「つなぐ・つながる」のベースを作っていくことも損保ジャパンの重要な役割であると私は思っています。業務改善計画の確実な実行とともに、そうした新しい姿を目指していきたいですね。